第131話 混戦
僕は咄嗟に、教祖から距離を取った。
まるで教祖を中心に円を描くように、人々が散っていく。
白装束の信者たちは逃げ遅れ、教祖の体から伸びた黒い触手に貫かれた瞬間——その体はみるみる干からび、ミイラのように崩れ落ちた。
——カルビアンのときと同じ、“大樹”による浸食だ。
いや、それ以上におぞましく感じるのは、教祖の異形すぎる姿のせいか。
眉間を銃弾で打ち抜かれているはずなのに、奴はヒヒヒヒと甲高い声で笑い続けていた。
「なんだあのバケモンは! 貴様らの仲間か!?」
グリムが叫ぶ。
「失礼な! うちはルッキズム否定派だけど、さすがにあんな化け物は知らんってば!」
梢社長が即座に返し、防御障壁を展開する。
その瞬間、拘束されていたグリムたち傭兵が一斉に動き出し、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
中には、ごつい体を持て余して、四つん這いで地面を這って逃げる者までいる。
だが、教祖の触手は容赦なかった。
太く蠢くそれが、兵士の背を貫き、瞬く間に干物のように変えていく。
「ヘリから掃射する! 連絡しろ!」
グリムが怒鳴るが——
「すみませーん、ヘリはもうこっちが制圧済みでーす♪」
神戸氏が刀で触手を斬り払いながら、涼しい顔で答えた。
そのまま無線で、「矢吹にヘリの操作要請。至急こちらの援護にまわせ」と冷静に指示を飛ばす。
「くそったれが……!」
グリムは毒づきつつ、武装解除前に積んでおいた機関銃のもとへ走る。
慣れた手つきで弾を装填し、怒涛の勢いで教祖に向けて掃射を始めた。
部下たちもそれに続き、一斉に銃火を浴びせる。
——だが。
触手は弾を浴びて千切れても、すぐに新たな枝を伸ばして再生していく。
そして教祖の背後で、それは焼け焦げた神木の幹と融合し、やがて広場全体を覆うような、巨大な“樹”と化していった。
「ダンジョンコアを破壊したせいで、地脈の流れがこの場所に集中してるみたいだな」
オフィーが大剣を振るいながら、じりじりと後退する。
「ってことは……コア、壊さないほうが良かったってこと?」
「ある意味、そうかもな」
——おい、オフィー!?
「でも、スタンピードが起きてた以上、止めるしかなかっただろ」
そんな会話の合間にも、触手は広場の四方八方へと伸び続けていた。
その一本が、モモを抱えたサブリナのもとへと迫っていた。
「——っ!」
僕は反射的に飛び出し、触手を蹴り上げて弾き返す。
……が、運悪く分岐した別の枝が、僕の左腕を貫いた。
「——ぐッ……!」
焼けつくような激痛が走る。
そして同時に、“何か”が頭の中へと流れ込んできた。
——なんだ、これは……!?
断片的な思考が、次々に意識を埋め尽くしていく。
それは、壊れたオルゴールのように狂った反復を繰り返す“願い”だった。
——存在したい。
——みんなの願いを叶えたい。
——完全な存在にならなければならない。
——そう、それを望まれて生まれてきたのだから。
人々の祈りや願い、そして“欲望”を吸収して形にしようとするような——
これは、神木の“思考”か?
『自分はニセモノだ。本物にならなきゃ』
『永遠の命を分け与えることで、存在価値を証明できる』
——これは、渇望だ。
だが、そこに“悪意”はなかった。
ただ理由を求め、意味を探し、もがいている。
まるで、生まれたばかりの子どもが、自分が何者かを知ろうとするように——
『誰か……意味を、与えてほしい』
その声が、まっすぐに、悲しいほど純粋に、僕の心へ語りかけてくる。
だから、思わず口にしてしまった。
「‥‥‥一緒になろう」
神木の思考が、僕の欲望と混ざっていく。
そうすれば、永遠の命が得られる——
——ダメだ。意識が、引きずられる……!
「森川! しっかりしろッ!!」
怒鳴り声とともに、僕の体は強く引き剥がされ、地面に叩きつけられた。
視界の端に、大剣を構えたオフィーが映る。
彼女は触手を斬り裂き、僕の前に立ちふさがっていた。
そして、振り返りざま、僕の胸ぐらをつかみ上げる。
「目を覚ませッ!!」
オフィーが拳を振り上げたその瞬間、僕は慌てた。
「だ、大丈夫! 覚めた! もう十分目覚めてる! 殴らないで! マジで死ぬから、それで死ぬ!!」
必死に手を振って訴える。
なんとか、意識は現実に戻ってきた。
けれど……あれは、やっぱり神木の思考だったのか?
願いを受け止め、叶えることに執着し、
それこそが“存在の意味”だと信じていた——
あまりにも、哀しくて切ない思い。
きっと、大樹の枝を持ち込んだ人々の“願い”や“欲望”を、
神木は純粋に受け入れ、叶えることだけを“存在意義”とした。
そう、“咲き狂い伝説”。
人間の果てしない欲望に応えようとする存在。
それが、この神木の正体だ。
そしてそれは、不条理な形で三年前——
樹体を焼かれ、存在を喪い、
それでも再生しようと……いや、“しなければならない”と、強く——
存在意義も対価も求めない、梢ラボの大樹とは真逆の存在。
満たされることのない、あまりにも愚直な意識。
気づけば、目から涙がこぼれていた。
そっと寄ってきたツバサさんが、優しく肩に触れて尋ねる。
「泣いてるんですか? 大丈夫ですか」
僕は涙をぬぐい、深く息を吸い込んだ。
こんな哀しい想い——断ち切らなきゃいけない。
大樹の守護者として、
僕たち梢ラボラトリーが、すべてを終わらせるんだ。
「止めよう。この哀しみは、ここで終わらせるんだ」
僕の呟きに、ツバサさんが優しく頷いた。
「——そうだね」