第130話 三つ巴
グリムの背後に並ぶ兵士たちが、一斉に銃口をこちらへ向けた。
オフィーが大剣を構えるが‥‥‥多すぎる。どう見ても、分が悪い。
僕は、そっと左手のブレスレットに指を伸ばす。
でも……もしまた、グリーが神木の影響で暴走したら?
状況は一気に最悪になる。
……踏み切れない。
「その子を渡しな。いや、いっそお前も一緒に来るか? グレーテル……いや、天才ハッカー・サブリナ、だったか? 歓迎するぜ」
グリムがにやりと笑い、銃をくるくる回す。
嫌な汗がにじむ。完全に詰んでる、か……?
「困るんだよねー、勝手にスカウトされちゃうのは」
割り込むように、明るい声が飛び込んできた。
この場にそぐわないふざけた調子だけど――今は何より心強い人。
「梢社長!」
グリムたちの背後から、社長を先頭に梢ラボの面々が姿を現した。
朝日を背にゆっくりと歩くその姿には、どこか神々しさすらある。
「はーい、動かないでね〜」
梢社長が軽く手を掲げ、小さな呪文のような言葉をつぶやく。
ひゅっと風が巻き起こり――次の瞬間、兵士たちの動きがぴたりと止まった。
まるで見えない糸で縫いとめられたかのように、誰一人動けない。
「今のうち〜」
その合図とともに、岩田さんと淳史くんが駆け出す。
岩田さんは慣れた手つきで、兵士たちの銃を次々に取り外していく。
一切の無駄がない動き――とても弁護士とは思えない。
一方、淳史くんは軽口を叩きながら、兵士の背後に素早く回り込む。
「おーっと危ない。これは没収だよ、お兄さん♪」
銃を指先でくるりと回し、安全装置を確認。
そのまま弾倉を抜きながら、余裕の笑みを浮かべる。
兵士たちは、ただ睨むしかなかった。
この二人、一般人のはずなのに……やけに銃の扱いがうまい。
そして――詩織さんがグリムのすぐそばにふわりと近づき、にこりと笑う。
「さっきはよくも、もてあそんでくれたわねぇ〜?」
そう言いながら、彼の頬をツンツン、と突いた。
「く……くそッ、貴様……!」
顔を真っ赤にして怒鳴るグリム。だが、体はまったく動かない。
「ふふ、大人しくしてなさい。……怖い顔、もっと怖くなっちゃうよー?」
詩織さんは腰に手を当て、ガハハハと豪快に笑い飛ばす。
めちゃくちゃ気分がよさそうだ。
その隣で、ツバサさんがグリムを気の毒そうに見つめていた。
三つ巴の緊張感はどこへやら、空気は一気に和らいでいく。
梢社長は、サブリナの腕の中にいたモモのもとへ歩み寄り、そっと頭を撫でた。
「よかった。無事で」
「ヒトミッチ、遅いよー」
サブリナが唇を尖らせると、梢社長はクスッと笑う。
「ごめんごめん。……坂道キツくてさ。ヒールで来るんじゃなかったよ、まったく」
その調子は、まるでさっきまでの銃撃戦が幻だったかのように、いつも通りだ。
「くそったれが……やっぱり、貴様らバケモンだったな」
グリムが唸るように吐き捨てる。
それに対し、梢社長はむっと頬をふくらませた。
「失礼しちゃうなー、ねぇ?」
本気で怒ってるのか、茶化してるのか……よく分からない。
けれど、主導権は完全に彼女たちの手の中にある。
「モモ! モモちゃん!」
坂道を駆け上がってくる山城夫人が、涙を浮かべてモモへと駆け寄った。
そのすぐ後ろには、神戸氏の姿も。
「モモ……本当に、よかった……!」
夫人はしゃがみ込み、モモをぎゅっと抱きしめる。
震える声で、何度も何度も名前を呼んだ。
モモは、驚いたように夫人を見つめる。
「……だれ?」
――そう。モモは、彼女が自分の祖母だと知らない。
けれど、その必死な温もりに戸惑いながらも、モモはそっと手を伸ばし、夫人の背に触れた。
「……ごめんなさい」
小さくつぶやいたモモ。
夫人は顔を伏せ、また涙をこぼす。
「謝らなくていいのよ。モモが生きていてくれた……それだけで、いいの」
その感動の横で、神戸氏はすでに冷静さを取り戻し、部下たちに指示を飛ばしていた。
まずはグリムたち傭兵の拘束。次に、“命約の大樹卿”の確保。
「そういえば先ほど、地震がありましたが……森川さんたちで何かしました?」
「さっき、ダンジョンコアを破壊しました」
「あちゃー」
神戸氏が額に手を当てて、悔しそうに言う。
「残念! 貴重なんで是非じっくり見たかったんですが……壊しちゃったんですね。本当に残念です」
歯噛みしながらも、彼は地面に転がる教祖の遺体へ歩み寄った。
銃撃を受け、沈黙しているはずの男を見下ろす。
「……結果的には、死ぬ運命にあったようですね」
その声には、どこか寂しげな響きがあった。
眉間の銃創を覗き込んだ――その刹那。
グリンッ。
白目を剥いていたはずの教祖の目が、ぐるりと動いた。
そして、口角が吊り上がり、不気味な笑い声が漏れる。
「死んでない……!?」
ヒヒヒヒッ、と甲高く笑いながら、教祖の上半身がバネのように跳ね起きる。
眉間には確かに銃創があり、血も噴き出している。
だが、それをまるで気にも留めず、にたりと笑う教祖。
「だから言ったでしょう? 私を殺そうとしても、無駄なのです」
彼は両腕を大きく広げ、叫んだ。
「私は神の領域に、足を踏み入れたのですからッ!」
その体から、黒い根のようなものが肌を突き破り、音を立てて這い出していく。
グネグネと、触手のように蠢く影。
さっきまでの静けさが嘘のように周囲の空気が、ざわつき始めた!
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