第13話 サブちゃん
「シオッチ! 久しぶりー!」
「サブちゃん! 元気してたー!」
喜び合う二人を横目に、取り残された僕は小声で岩田さんに尋ねた。
「サブちゃんって、女の子ですか?」
「女の子って言うと怒るぞ」
岩田さんが耳打ちしてくる。
「彼女はサブリナ。名うてのハッカーだ。ああ見えて、界隈じゃ有名なプロだよ。“サブ”って呼ばれてる」
——それで“サブちゃん”か。
「サブリナって……外国の人?」
「いや、日本人だ。まあ、飛び級でアメリカの大学行ってたけどな。ちなみに“サブリナ”も本名じゃない」
僕と岩田さんがそんな話をしていると、再会を喜び合っていた二人がこちらに目を向けた。
詩織さんが僕を指さして紹介する。
「でね、この人が森川くん! 梢さんとこの新人だよー」
ジャージ姿の少女——サブリナさんは、訝しげな目で僕をじろりと見て、細めた目でじっと睨んできた。
「……あんた、人間?」
「正真正銘、この世界の人間です! 森川裕一って言います!」
慌てて鞄から名刺を取り出すと、即座に「あ、いらねー」とバッサリ拒否された。
——ですよねー。
サブリナは一転、岩田さんに顔を向け、ジト目で問いかける。
「イワッチさあ、昨日今日入った人をいきなりここに連れてこられても困るんだけど?」
しかし岩田さんは気にする様子もなく、僕の手首をつかむと、サブリナの目の前に突き出した。
「大丈夫だ。梢さん直々のスカウトだからな」
そう言って、僕の手首に巻かれたブレスレットを指でコツコツと叩く。
サブリナも眉をひそめながら顔を寄せ、まじまじとブレスレットを見つめた。
「マジか……なるほどね」
そう呟き、彼女も同じようにブレスレットをコツコツ。
——え、なに? これ、なんの儀式??
訳も分からず、僕はただ手首を差し出したまま棒立ち。状況が飲み込めない。
そんな空気を察したのか、詩織さんが声をかけた。
「サブちゃん、ご飯いっぱい持ってきたよ! とりあえず食べない?」
「マジ!? 食べたい! 唐揚げある?」
「あるよー! 卵サンドもあるよー! みんなで食べよ!」
「やりぃー! 食べよ食べよ!」
サブリナは詩織さんの手を取ると、そのままぐいっとパーテーションの向こうへ引っ張っていった。
岩田さんと僕は、顔を見合わせて溜息をつき、その後を追う。
パーテーションの向こうは、二つのスペースに分かれていた。
一つは、所狭しと並んだラックと大きな作業机のある空間。
ラックにはサーバーやNAS、PCらしきデバイスがぎっしり詰まり、無数の配線が絡まり合ってLEDがチカチカと点滅している。
机にはキーボードやマウスが無造作に散らばり、前方には四台の大型モニター。
その奥、さらに仕切られたスペースには、ワンルームのような空間があり、中央に無機質なテーブルがぽつんと、奥には唯一の生活感――シンプルなベッドが置かれていた。
僕らはテーブルのある部屋へ通されると、サブリナが上に積もった雑誌やパーツを腕で一気にバサッと払いのけた。
「おい、新人! そこにダスターペーパーあるから、テーブル拭いとけ!」
「は、はい!」
一方、詩織さんは「レンジとかオーブンってある?」と尋ねる。
「レンジはこっち、オーブンはその上」
サブリナが指さしながら答え、場違いなくらい巨大な冷蔵庫からペットボトルの水やジュースを取り出して並べ始める。
僕と岩田さんは転がっていた丸椅子に腰を下ろし、所在なげに二人の準備風景を見守っていた。
サブリナはランチバッグから取り出したタッパーの料理を皿に盛り、詩織さんは唐揚げをレンジで温め、オーブンで香ばしく仕上げる。
男二人、ただただその連携と手際の良さに見とれていた。
あっという間に、テーブルの上は料理でいっぱいになった。
「さぁ、食べるよー!」と詩織さんが声を弾ませ、みんなで「いただきまーす!」と手を合わせる。
「から揚げウマー!」
サブリナが歓喜の声をあげ、口いっぱいに頬張る。
「最近ろくなもん食ってなかったから、うまーい! ヒーン!」
——泣くほどうまいんだ……
ていうか、日頃なに食ってたの?
思わず心の中でツッコミを入れながら、僕も一口。
……うまい。確かにうまい。
食事が一段落した頃、岩田さんが口を開いた。
「サブ。頼んどいた携帯、あるか?」
「あー、用意しといたよ。二台だろ? 載せ替えもするん?」
「頼む。森川君、君の携帯、サブに渡してくれ」
「え、僕の携帯も変えるんですか?」
戸惑いながらも、僕は鞄からスマホを取り出し、サブリナに手渡す。
彼女はチラッと僕を見て、「これなら大丈夫」とだけ言い、隣の部屋へ姿を消した。
岩田さんが、残っていたサンドイッチを口に放り込みながら言う。
「変えといた方がいい。一番狙われやすいからな」
「そうだねー、ねらい目だよね! 携帯も、人としてもネ!」
クスリと笑い、ウィンクする詩織さん。
——可愛い。可愛いけど……。
人としてもって、なにー!? 失敬だな!!
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