表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
128/199

第128話 コア


 ——よし、やっちゃうか。


「グリーン――」

 左手を突き出して呪文を唱えかけた、その瞬間。

 耳元に、聞きなれた声が飛び込んできた。


『空打ちしろ。上へ』

 ——オフィーか!


「ンフラッシュ! 解放!」


 緑の斬撃が天井を裂き、爆音とともに土煙が舞い上がる。

 衝撃で地面が揺れ、視界は一瞬で真っ白に包まれた。


「さあ、行くぞ! ついてこい!」


 砂煙の中、オフィーのシルエットが浮かび上がる。

 僕とサブリナは反射的に駆け出した。


 ——この一瞬を逃したら、モモを助けられない。

 そんな確信めいた直感が、僕の背中を強く押した。


 いち早く異変に気づいたグリムが怒鳴る。


「おい、グレーテル! どこ行くんだ!」


「グレーテル? 誰だそれ?」

 オフィーがつぶやく。


 サブリナはにっこり笑い、肩越しに言い返す。


「私の芸名だよ♪」


 くるりと振り返り、グリムには軽く手を振って叫んだ。


「また会おうねー! ばいばーい☆」


 そのまま、僕らは洞窟の奥へと駆け抜けた。


▽▽▽


 祭壇の広場に飛び込んだ瞬間、僕らの目に飛び込んできたのは――

 地面を埋め尽くす“狼モドキ”の大群だった。


「ウインドスラッシュ!」

 

 オフィーが連続で斬撃を繰り出し、風の刃が一瞬で周囲を薙ぎ払っていく。


 最後に視線を向けたのは、奥に浮かぶ黒い渦。

 “ダンジョンコア”だ。


 今もなお、“狼モドキ”を次々と生み出している。

 その中から、半身を覗かせた一体が、今にも飛び出そうと蠢いていた。


「コアを潰すぞ。お前も力を貸せ」


 オフィーは当然のように言い放ち、

 その手にした大剣を前に構える。


 螺旋状の風が、大剣を軸にして巻き上がる。


 僕も左手をかざし、緑の光を集中させる。

 熱が集まり、魔力が手のひらに収束していく――。


「行くぞ」


 オフィーの短い合図と同時に、僕らは一斉に魔力を放った。


「トルネードスピア!」


「グリーンフラッシュ!」


 二つのエネルギーが交差し、

 光の槍と緑の閃光が、黒い渦の中心へ吸い込まれていく!

 

 その瞬間——ガシャン、と何かが砕ける音が響いた。


 渦の脈動がぴたりと止まり、黒い霧を吐き出したかと思うと、

 音もなく、すぅっと霧散していった。


「……壊れた?」

「ああ」


 そう応えた直後、地面がガタガタと揺れ始めた。

 

「ちょ、なんかヤバくない?」

 背後に身を潜めていたサブリナが、辺りを見回して声を上げる。


「ダンジョン崩壊だな。これは」


 オフィーがいつも通り、淡々とした口調で呟いた。


 彼女は祭壇脇にある細い穴へ駆け出す。

 確かに、ぽっかりと口を開けたその裂け目は、これまで見落としていた出入り口だった。


「奴らがモモを連れて通った道だ。外への近道だ」


 ——そうだ。オフィーは奴らを追って行ったんだった。


「モモは、どこに……?」

 僕が尋ねると、オフィーはちらりと視線をよこす。


「ついて来ればわかる」


 そう言い残し、彼女は迷いなくその中へ飛び込んでいった。

 僕たちも後を追い、穴へと潜り込む。



 通路は次第に傾斜を帯び、やがて細かな階段状に変わっていった。


 ——何だ、この道……。自然にできたとは思えない。


 足元は、ねじれた樹の根が編み込まれたような感触だ。

 踏むたびに、じわりと冷たい脈動が足裏から這い上がってくる。


 頭上からはパラパラと砂が落ち、

 地の底から響く低い唸り声のような振動が壁を伝って響いてきた。


「……急ごう。ここも長くはもたない」


 オフィーが小声で言い、前を行く足取りが速まる。


 僕も壁に手を添えた。

 土の感触は柔らかく、わずかな体重にもぐにゃりと凹み、細かい亀裂が走る。


 その隙間から、どろりと黒い樹液のようなものが、じわじわとにじみ出してきた。


 ——この通路そのものが、御神木の根の一部……?


 背筋に冷たいものが走る。不気味な気配に、思わず息を詰めた。


 ときおり、地の奥から「ドン」と突き上げるような揺れが起こり、天井からは土塊がぱらぱらと崩れ落ちる。


 揺れるたびに、天井から垂れた木の根がぶらぶらと、不気味に揺れた。

 


 しばらく登ると、前方にぼんやりと光が差し込んでいるのが見えた。


 その瞬間——

 ずるっ、と足元が一段沈む。


 慌ててバランスを取り、僕は飛び出すように一歩踏み出した。

 

 背後から、低く呻くような地鳴りが追いかけてくる。


「早くしろ!」


 前を行くオフィーの声に急かされ、僕たちは最後の斜面を一気に駆け上がった。

 

 そして、穴を抜けた先——そこは、鬱蒼とした森の中だった。


 すぐ背後で地面が揺れ、今通ってきた穴が崩れ落ち、完全に塞がっていく。


「間一髪かよ〜……」

 サブリナが息をつきながら、小さく呟いた。


「グリムたち、逃げられたかな?」

「あんなもの、ほっとけ」


 オフィーがあっさりと言い放つ。


「ここは……?」


 僕が問いかけようとした瞬間、オフィーが人差し指を唇に当てた。


 ——声出しNGですか……

 

 僕たちは息を潜めながら、樹々の影を縫うように静かに進んでいく。


 道らしい道はなく、地面は湿った枯れ草と腐葉土に覆われ、朝露で足元がたびたび滑った。


 木々の隙間から差し込む光が霧を金色に染め、幻想的な光景を作り出していた。

 けれど、その美しさの奥に、異様な気配が漂っていた。


 鳥のさえずりもなく、ただ風に混じって——“誰かの囁き声”のような音が聞こえてくる。


 ぞくり、と背筋に冷たいものが這い上がった。

 


 そして——登り詰めたその先。


 朝日に照らされた、記憶に新しいあの場所が広がっていた。


「ここは……」


「御神木の、焼け跡だね……」

 サブリナが、か細い声でぽつりと呟いた。


 焼け焦げた神木の残骸が、まるで墓標のように突き立っていた。

 その周囲には、“信者のなれの果て”たちが、まるで儀式の続きを待つかのように座り込んでいる。


 誰一人動かず、虚ろな瞳で御神木の跡を見つめ続けていた。

 そして、口々に祈るような、呟くような言葉を、延々と唱え続けている。


 その中で、一際激しく祈りを捧げる人物がいた。

 恐らく、教祖だろう。


 朝露に濡れた地面に額を何度も打ちつけ、両手を高く掲げて、何かに取り憑かれたようにひれ伏している。


 ……そして、その中央。


 焼け跡のただなかに——ぽつんと、少女が立っていた。


 朝の光に照らされ、髪は乱れ、目は虚ろ。

 それでも、その少女を僕は知っている。


「……モモ!」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ