第127話 殲滅行脚
「いいだろう。じゃあ、そこの貧相なあんちゃんと“グレーテル”、お前らが案内役だ。他の連中はここでお留守番な」
グリムが手振りで部下に指示を出し、出発の準備を始めた。
兵士たちは、戦争映画で見たような機関銃を構え、大きなリュックを背負っている。そこからは弾帯がうねうねと銃に繋がっていた。
思わず興味本位で手を伸ばしかけたら、めちゃくちゃ睨まれた。ごめんなさい、さわりません。
僕と、自称グレーテルは強引に立たされ、「どっちだ」と背中を軽く蹴られる。
「こっちです」と僕が渋々先頭を歩く羽目になった。
いざ出発——というタイミングで、梢社長が大声でクレームを飛ばす。
「ねぇ、縛られたままじゃ、狼の化け物が来たら困るんですけどー!」
グリムは「よく言うぜ」と吐き捨てながら、葉巻を取り出して火をつけた。
「心配すんな。俺らがぶち殺しながら進む。ここには来ねーよ」
「それ、無理じゃない? 逆にぶち殺されちゃったりしてね」
詩織さんがアハハと笑って挑発する。
横で淳史くんが「あ、あねき! 言いすぎ!」とアワアワしていた。
「……おい、こいつらから目を離すなよ」
グリムは不機嫌そうに部下へ命じると、今度は僕らの背中をぐいっと押し、「さっさと案内しろ」と歩き出す。
背後からは、「ちょっとー! 手かせ、外してきなさーい!」と、梢社長や詩織さんたちの騒ぐ声が響き続けていた。
グリムは完全に無視を決め込み、「けっ、いけすかねー奴らだ」と吐き捨てると、さらに僕の背をせっついてくる。
——ホント、うちの女性陣、口悪くてすいません。
裏口の扉を開けると、ひやりと冷たい風が頬を撫でた。
湿った空気には、鉄のような生臭さが混じっている。まるで何かが腐りかけているような匂いだ。
空はまだ暗く、森の奥からは、低いうなり声のようなざわめきが聞こえていた。
そして——その薄闇を抜けた直後、僕らは“狼モドキ”の群れと鉢合わせた。
「この森を登ってくんですけど……行けますかね?」
僕が恐る恐るそう言うと、グリムは無言で手を動かす。即座に武装した兵士たちが前に出て、容赦なく掃射を開始。化け物たちは、ものの数秒で蹴散らされた。
「弾、最後まで持つかな~?」と、グレーテルがケケケと笑う。
「まぁ、パンくずまかなくても迷子にはならなさそうだけどね〜。狼モドキの死体で」
——ガラ悪いなグレーテル! ヘンゼルが聞いたら泣くぞ!
掃射でできた死体の道を、僕らは木々に手をかけながら慎重に登っていく。
正直、どうやってこの森を下ったかはあまり覚えていなかった。でもありがたいことに、ツバサさんが残したウィンドスラッシュの痕が所々に残っていて、思ったよりスムーズに進めた。
ただし、予想以上に“狼モドキ”の数が多く、
少し進んでは掃射、また進んでは掃射――その繰り返しだった。
洞窟から来たときは下りだったこともあって、すぐ戻れるだろうと甘く見ていた。
けれど、実際にはなかなか進めず、息が上がって何度も足を止めてしまう。
そのたびに兵士たちに睨まれ、無理やり背中を押されながら前へ進まされる。
洞窟の前にたどり着く頃には、もうへとへとだった。
なのに、隣を見ると——
「……あれ?」
サブリナは涼しい顔で平然と立っていた。
どうしてそうなる? 合点がいかない。
「モリッチも、筋トレメニュー組むべきだね」とか、余計なことをほざいてくる。
ちょっとだけ本気でイラッとした。
しばらく進むと、あの崖が見えてきた。
だが、その周囲には、ぎっしりと“狼モドキ”がひしめいている。
「隊長、どうしますか」
兵士の一人が伺うようにグリムの顔を窺う。
グリムがこちらに視線を向けた。
「おい。本当にこの中にいるんだろうな? 餓鬼をさらった奴らが」
「さっきはいたよー。この奥が奴らの祭壇だからね〜。なに、怖くなっちゃったかにゃ〜?」
グレーテルことサブリナが軽口で返す。それに僕も、うんうんと激しく頷いた。
グリムは一瞬黙ったあと、短く命じた。
「仕方ねぇ……全部、始末しろ」
その号令と同時に、兵たちは一斉に銃を構え、統制された動きで掃射を始めた。
ドドドドドッ――!!
化け物たちは次々と蜂の巣にされていく。
「ほー、これ異世界に持ってけたら大活躍だったな〜」
——何サラッと懐かしがってんだこの子。
「おい。それは……!」
慌ててサブリナの口を塞ごうとした、その瞬間。
グリムがビクリと反応した。
「異世界? ……今、“異世界”って言ったか? この化け物と関係あるのか?」
「ないないないないない!!」
全力で否定。全身全霊でブンブン首を振る。
変な方向に話が転がる前に、絶対止めないとヤバい!
——って、ふつーにバレそうになってるじゃねーか!?
僕が小声でツッコむと、サブリナも慌ててフォローを入れた。
「いー世界! つまり、“良い世界”って意味ね! あっはっはっは!」
……いや、さすがに苦しいわ、その言い訳。
グリムは怪訝そうに眉をひそめ、しばらくサブリナを睨んでいたが、
「……さっさと行け」
とだけ言い捨てて前を向いた。
「って言ってもさー、狼モドキが次から次へと湧いてくるんだよね。殺しながら進むしかないけど?」
「わーってるわーってる! ……おい、殲滅しながら前進!」
グリムの怒号とともに、一個中隊が突撃。
重火器をぶっ放しながら、次々と“狼モドキ”をなぎ倒していく。
——よし、これで道が開ける!
モモのことも気がかりだし、急がなきゃ。
だが——。
戦闘が長引くにつれ、兵士たちの弾が切れはじめた。
数人が補給のために後退を始めた、その刹那。
狙いすましたかのように、“狼モドキ”たちが兵士の隙間をすり抜けて突撃してくる!
「すぐに剣に持ち替えて応戦しろ!」
グリムの怒号に、サブリナが耳打ちしてくる。
「なあ……あれ、使っちゃえばよくね?」
「……あれ、かぁ〜……」
僕らは顔を見合わせた。
あれとは……まさか、あれ、かぁ?
——やるしかないか、禁断の“アレ”。
(次回へつづく!)