第125話 急襲
お読みいただいている皆様へ【お詫びとご報告】
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4月23日。「第119話 洞窟」を抜かして投稿していることが判明しました。心よりお詫び申し上げます。本日、修正し再投稿いたしましたが、その影響でブックマークがずれてしまう可能性がございます。お手数をおかけしますが、何卒ご容赦を賜りますようお願い申し上げます。重ねてお詫びいたします。
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誰もが一言も発さず、沈黙に沈んでいた。
それでも伝わってくる。
みんなが、モモを救いたいと願っている——そんな空気だった。
「……いったい、自分に何ができるのか?」
その問いだけが、ぐるぐると頭の中を巡っていた。
その沈黙を破るように、神戸氏の部下・矢吹さんが部屋に飛び込んできた。
「失礼します!」
そう言って、神戸氏の耳元に素早く何かを囁く。
「……なにっ!!」
神戸氏が立ち上がり、低く叫んだ。
「どうしたんですか?」
僕の問いに、彼は短く答えた。
「ヘリが三機、こっちに向かって来てるそうです」
「警察? ようやく到着したの?」
サブリナが眉を上げて訊くが、神戸氏はかぶりを振った。
「……それなら、よかったんですが」
言い残し、神戸氏は矢吹さんを連れて足早に部屋を出ていく。
僕たちも慌ててその後を追った。
扉を開けて外へ出ると、朝焼けがうっすらと地平線を染めはじめていた。
駐車場の奥には、まだ狼モドキたちが低く唸りながら徘徊している。
そして——その唸り声に重なるように、空からローター音が響き始めた。
見上げると、朝日を背にした三機のヘリが、こちらへ一直線に向かってくる。
「やっと来たか……」
サブリナが安堵したように肩の力を抜いた。
だが——
「……あれは、警察の機体じゃないですね」
神戸氏が目を細め、唇を引き結ぶ。
矢吹さんも険しい表情で頷いた。
次の瞬間——ヘリが上空でホバリングを開始。
機体側面から突き出た銃口が、火を噴いた。
バババババッ!!
連続する銃声とともに、狼モドキたちが爆ぜるように倒れていく。
「なんじゃこりゃあ!!」
岩田さんが叫ぶ。
「タリスマンエコーの“ヘルハウンド部隊”ですね! 全員、屋敷の奥へ退避を!」
神戸氏が怒鳴る。
「ダメだってばー! 防御結界、もう保たないよーっ!」
梢社長の悲鳴が重なる。
——そのとき。
モモの部屋の方から、悲鳴が響いた。
そして、叫び声。
「やめて! モモを連れてかないで!!」
山城夫人の声だ!
僕たちは反射的に部屋の中へ駆け込んだ。
扉を開けた瞬間、薬品のようなツンとした臭いが鼻をついた。
焦げたような、酸味のある刺激臭。思わず顔をしかめた。
部屋の中には、白装束の男が立っていた。
その背後、割れた窓の外には——
木の皮のような肌をまとった、“教祖、霧影自若”の姿。
窓の縁に立ち、こちらを見下ろしながら、不気味な笑みを浮かべている。
「ヒヒヒヒ……」
その声を最後に、彼の姿は空気に溶けるようにして消えていった。
——あのバケモン教祖、生きてたのかよ……!
気がつけば、白装束の男も霧影の後を追って、窓の外へと消えていた。
部屋の中では、山城夫人が倒れ込んでいた。
神戸氏の部下たちも膝をつき、呻き声を漏らしている。
部屋全体が、どす黒く濁った空気に包まれていた。
モモは——!? モモはどこに行った!?
神戸氏が駆け寄り、床に倒れた部下の胸ぐらをつかむ勢いで怒鳴る。
「何があった!? 話せ!」
「……す、すみません……急に、目の前が……くらくらして……気づいたら、モモさんが……白装束の連中に……」
しぼむように言葉が途切れた。部屋には、重苦しい沈黙が流れる。
そのとき——
僕の横を、オフィーが風のように駆け抜けた。
そして割れた窓から——外へ飛び出していった!
「……くそ、これは——」
神戸氏が何かに気づき、部屋の隅へと走る。
そこに転がっていたのは、小さな金属製の缶。
歪んだ蓋の隙間から、まだかすかに白い煙が立ち昇っている。
「睡眠ガスか……」
低くうなるように呟いた神戸氏の声には、悔しさがにじんでいた。
直後——外から激しい爆音が響く。
屋敷全体がぐらりと揺れ、天井からパラパラと埃が舞い落ちてきた。
「奴ら……降りてきます」
神戸氏の部下が声を震わせる。
ヘリの腹部が開き、黒い人影がロープを伝って次々と降下してくる。
「タリスマンエコーの武装部隊だ!」
珍しく神戸氏が声を荒げた。
——クソッ、モモがさらわれたばかりだってのに!
なんてタイミングだ!
降下してきた兵士たちは、迷彩の戦闘服に身を包み、顔はヘルメットとゴーグルで完全に覆われている。
ゴツイ銃を構え、無言のまま周囲を制圧し始めた。
「うわっ、近寄るなっ!」
淳史くんが押し倒され、地面にねじ伏せられる。
「非戦闘員を確認。拘束対象B群に移行」
無機質な音声が、兵士のヘルメットから発せられる。
「おい、ちょっと待て! 俺たちは一般人だってば!」
岩田さんが叫ぶが、まったく聞く耳を持たない。
梢社長、サブリナ、神戸氏の部下たちも次々に拘束された。
逃げようとすれば銃を向けられ、手首には硬質プラスチック製の手錠がかけられる。
そして全員、中央階段の下——何もないスペースへ集められ、無様に膝をつかされた。
そのとき——
開け放たれた正面玄関の先に、ヘリが一機、着陸。
そして、もうひとつの影が姿を現す。
先ほどの兵士たちとは明らかに異なる圧。
黒を基調とした特殊装備、左目には古い傷痕。
ゆっくりとした足取りで、大地を踏みしめるように歩いてくる。
「……来たな」
神戸氏が、その姿を見てぽつりと呟いた。
男は周囲をひと目で把握し、まっすぐこちらへ歩いてくる。
兵士たちは自然と道をあけた。
「ヘルハウンド部隊、戦術指揮官。“グリム隊長”ですね……」
矢吹さんが唸るように名を告げた。
グリムと呼ばれた男の視線が、まず神戸氏を射抜く。
次に、ゆっくりと梢社長へと向けられる。
「へぇ……あんたが、“狂犬”赤城を倒したってやつか。思ったより、美人じゃねぇか」
流暢な日本語。口調は軽いが、瞳の奥には一切の冗談がない。
拘束されたまま、梢がニッと笑って返す。
「残念。私じゃないよー」
そう言って、僕の方をちらりと見やる。
グリムが驚いたように目を細め、僕をまじまじと見た。
「……冗談だろ? この貧相な兄ちゃんが、“狂犬”を?」
その視線は、明らかにバカにしていた。
……まあ、そう思うのも無理ないけど。
僕は思わず目を逸らした。
でも、黙ってるのも癪だった。
「倒したわけじゃない。……首輪をつけてやっただけだよ」
その一言に、グリムの口元がピクリと動いた。
それが笑みだったのか、嘲りだったのか——僕には判断できなかった。
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