第124話 延命少女
お読みいただいている皆様へ【お詫びとご報告】
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4月23日。「第119話 洞窟」を抜かして投稿していることが判明しました。心よりお詫び申し上げます。本日、修正し再投稿いたしましたが、その影響でブックマークがずれてしまう可能性がございます。お手数をおかけしますが、何卒ご容赦を賜りますようお願い申し上げます。重ねてお詫びいたします。
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山城夫人は、モモのそばを片時も離れなかった。
その背中は細くて、今にも崩れそうなほど弱々しい。けれど——泣きじゃくりながらもモモを抱きしめる腕には、何かを守ろうとする、必死で強い想いがこもっていた。
ほんのさっき。
彼女の夫・山城弘男氏は、『命約の大樹教』によって命を奪われた。
おそらく……いや、ほぼ間違いなく。
夫人は声を殺して涙を流しながら、モモの体にすがりついていた。
まるでこの世界に、自分とモモしかいないみたいに——。
そんな二人を残し、僕たちは隣の部屋へと移った。
かび臭く、冷たい空気が肌にまとわりつく。
部屋の隅には、埃をかぶった椅子やテーブルがうず高く積まれていた。
僕たちはその中から使えそうなやつをいくつか引っ張り出して、静かに腰を下ろす。
カーテン越しに差し込む月明かりが、神戸氏の顔を淡く照らしていた。
そのせいか、彼の表情はどこか無機質で、冷たく見えた。
やがて、沈黙を破るように神戸氏が口を開いた。
「どうやら、山城夫妻は孫のモモさんを“守る”ために動いていたようですね」
「守るって……誰から?」
僕の問いに、神戸氏はすぐに答えた。
「 『命約の大樹教』からです」
その名が出た瞬間、部屋の空気がズンと重くなるのを感じた。
神戸氏の語り口は淡々としていたが、そこからの話は実に衝撃的だった。
山城夫妻は表向き、タリスマンエコーのエージェントだった。
だが裏では、“命約の大樹教”とも接触していた。
つまり——二重スパイ、というわけだ。
タリスマンエコーが狙っていたのは、不老不死の薬“エリクサー”の製法。
「ただ、その製法を知っていたのは教祖だけだったらしいです」
神戸氏は肩をすくめ、皮肉っぽく笑ってみせた。
そんな折、夫妻の息子夫婦に子どもが生まれる。
それが——モモだった。
山城夫妻は、初孫の誕生を心から喜んだ。
だが、幸せは長くは続かなかった。
モモは生後間もなく重篤な疾患を抱えていることが分かり、医師からは「余命は数年」と宣告された。
——モモを救いたい。
その一心で、夫妻は動き始めた。
教団を探る中で、夫妻はある情報を掴む。
エリクサーの鍵は「御神木の種子」にあり、それを使えば孫を救える可能性がある、と。
だが、御神木が次に種子をつけるのは三十年以上も先。
モモの命は、それまで持たない。
「だから彼らは、教団が過去に採取・保管していた“古い種子”を盗み出したんです」
神戸氏は机の上で両手を組みながら、静かに僕たちを見回した。
調査によれば、その種子には特異な性質があった。
生体適合者の体内でのみ発芽し、発芽と同時に“全ての病を治し永命の力”を宿す。
つまり、モモの体に移植し適合すれば、延命の可能性がある——。
その希望に賭けて、夫妻は教団の保管庫から種子を奪った。
だが、すぐに教祖に露見する。
そしてその直後、夫妻とモモの両親は、決意する。
このままではモモを守れない。ならば——教団そのものを潰すしかない、と。
「つまり……御神木を焼き払ったんです」
それは教団にとって象徴であり、信仰そのものだった。
破壊すれば、教団は瓦解する——夫妻たちは、そう考えた。
破滅的で、そして独善的な決断。
けれど、そこにあったのはただ一つ。
孫を、娘を救いたいという、親の狂おしいほどの執念だった。
その後、 モモを救った夫妻と両親は身分を偽り、姿を消した。
モモの中に眠る“種子”の存在を、誰にも知られないために。
——それが、彼らにできた唯一の“守り”だった。
だが時が経ち、封じていたはずの真実は、少しずつ綻び始める。
そしてついに、情報は外へと漏れ出した。
「モモが“御神木の種子”を宿す存在である」という情報が。
そして今、モモは“御神木再生の儀”の生贄として、教団残党に狙われている。
「なんで隠してたのに、ばれたのかなー」
サブリナが宙を睨みながら、ぽつりとつぶやいた。
神戸氏は静かに首を振る。
「わかりません。教祖が“化け物”へと変貌したことと、何か関係があるのかもしれません」
その声には、かすかな震えがあった。
「信じがたい話ですが……教祖は“御神木”と融合した可能性すらあります。
さっき目撃したあの姿——あれはもう、人間じゃなかった。まるで、“木の化け物”でしたよ」
確かに。あれは、もう人の姿ではなかった。
乾いた樹皮のような皮膚。木の節を思わせる瞳。
背からは枝のようなものが伸び、空気をびりびりと震わせていた。
人の皮をまとった、“何か”だった。
「それもこれも、“常緑の命丹”……エリクサーのせいですかね?」
僕の問いに、神戸氏は苦笑しながら両手を上げる。
「それも……わかりません。むしろ、僕が聞きたいくらいです。梢社長、どう思います?」
長く沈黙していた梢社長が、肩を軽くすくめた。
「“常緑の命丹”? 聞いたこともないし、そんなもん飲んでまで長生きしたいなんて、傲慢でしょ」
——いや、エルフの社長が言っても説得力ゼロだけどね。
「だいたいね、大樹の加護なんて、人間が取り込もうとするもんじゃない。加護って、強大で、時に凶悪だから」
その言葉に、なぜか全員の視線が僕の左手へ集まった。
「え、そんなにヤバいんですか……?」
自分の左手を見る。
……あれ、みんな、微妙に距離取ってない?
オフィーなんて、大剣の柄に手かけてるし!
その様子に、梢社長が吹き出す。
「森川くんのは大丈夫だよ。前にも言ったでしょ? “大樹”自身が直接“そうしなさい”って言ったんだから!」
ホッとして胸をなでおろした僕に、社長がぽそり。
「……たぶんね」
——いや、最後の“たぶん”が一番怖いって!
「そういえば教祖って、三年前に死んだって話でしたよね?」
その場の空気を変えるように、ツバサさんが問いかける。
「それも定かではありません。おそらく、当時死んだのは“別人”だった。そう考えるのが自然です」
神戸氏は一瞬だけ言葉を切り、続けた。
「もっとも、あの男が“普通の人間”であれば、の話ですが」
その声は、どこか諦めを滲ませていた。
「今日、ご夫妻はそれを止めるために教団に乗り込んだ。……でも、結果的に旦那さんが殺されてしまった。今が、その……現状です」
言い終えて、神戸氏は黙り込んだ。
「ちなみに、タリスマンエコーは関与してないんですか?」
僕の疑問に、神戸氏は首を横に振る。
「いえ、むしろ——山城夫妻は、タリスマン側からも追われていたはずです。会社にとっての“最大の利益”を持ち逃げしたわけですからね」
皮肉を込めた口調でそう言うと、神戸氏は缶コーヒーをすする。
「モモちゃん……どうなっちゃうんだろう」
詩織さんの、かすかな声。
でもその言葉は、皆の心に波紋のように広がった。
未来を奪われかけた少女。
その身体には、不老不死の“鍵”が眠っている。
「正直、難しいところですね……。なにしろ、彼女は“不老不死の鍵”そのものですから」
神戸氏の目は、どこか遠くを見つめていた。
「そんな……」
ツバサが唇を噛み、目を伏せる。
まだ幼い少女が——
欲望まみれの大人たちに狙われている。
その理由が、「不老不死」だなんて。
……考えただけで、胸がざわつく。
気持ち悪いくらい、ムカつく。
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