第123話 モモ
お読みいただいている皆様へ【お詫びとご報告】
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4月23日。「第119話 洞窟」を抜かして投稿していることが判明しました。心よりお詫び申し上げます。本日、修正し再投稿いたしましたが、その影響でブックマークがずれてしまう可能性がございます。お手数をおかけしますが、何卒ご容赦を賜りますようお願い申し上げます。重ねてお詫びいたします。
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【 sideモモ 】
——暗闇の中、私はひとりぼっちだった。
温度のない空気。音のない世界。
境界はどこにもなく、上も下もわからない。
……ここは夢? それとも、死後の世界?
遠くで、何かの気配がした。
誰かが、私を呼んでいる。
懐かしくて、でもどこか怖い——そんな声。
ずっとずっと前から呼ばれていた。
いつも、毎日、呼ばれていた。
だから——会いに来たんだよ。
やっと会えた。
自然と、涙がこぼれてきた。
「——モモ。よく戻ってきたね」
私の名前を呼んだのは、“それ”だった。
ご神木のような姿。でも、本物ではない。
実態を失った“それ”は、枝や葉は無機質で、表皮にはデジタルのような模様が浮かんでいた。
まるで、生と死の境界をプログラムでなぞるような存在。
そして、“それ”は泣いていた。
「私は……コピー。オリジナルじゃない。だから、ずっと不完全だった。でも、君と一つになれば——私は“本物”になれる。君の命を、私にくれないか?」
その声は優しく、孤独で、愛を乞うような響きがあった。
私は、思わず笑ってしまった。
まるで、死にかけていた自分自身を見ているようだったから。
「私もね、生まれつき体が弱くて、ずっと“足りない”って思ってたの。みんなが普通にできることが、私にはできなかった。“完成しない存在”なんだって、ずっと——そう思ってた」
“それ”は黙っていた。
でも、その沈黙が、まるで涙のように胸に染みた。
「でもね。あなたからもらった力で、生きてこれたんだ」
——私たちは、同じ。
足りない。欠けている。だから、誰かを求める。
一緒になれば、私は“本物”になれる。
そして君は、永遠の命を手に入れる。
——二人で一つ。
——二つで一つ。
一緒になろう。共に生きよう。ずっと。
……だけど。
胸の奥から、違う気持ちが浮かび上がってくる。
——私は、あなたにはなれない。
——あなたも、私にはなれない。
「モモちゃん……!」
誰かが呼ぶ声が、遠くから届いた。
「モモちゃん、飲んで!」
「がんばって、モモ!」
「弟子よ! 飲むんだ!」
——モモ? それは、私?。
そのとたん、体の奥に熱が広がった。
それは殻を破るように、全身へと染み渡っていく。
「“足りない”ままでもいい。“不完全”でも、誰かに触れて、誰かを思えば……
それだけで、生きていける。
あなたも、そうなれたら、きっと——」
もうひとつの声が、そっと語りかけてくる。
——そうか。そうだね。ごめん。
一緒にはいけないみたい——
次の瞬間、ご神木の輪郭が崩れはじめた。
枝が光に溶け、幹が煙のように舞い上がる。
その声が言う。
「モモ……! さあ、みんなが待ってる。目を覚まして」
最後に聞こえたその声は——
どこか、ほっとしたような、あたたかい響きだった。
——そして、私は目を覚ました。
▽▽▽
窓の外では、相変わらず狼モドキたちが唸りながら彷徨っていた。
僕ら梢ラボの面々は、屋敷の一室に集まり、モモを囲んでいた。
「モモちゃん、わかる? 詩織お姉さんだよ」
詩織さんがモモの肩を優しく揺する。
モモはゆっくりと瞼を開け、不思議そうに周囲を見回した。
「お姉さんじゃ分かりにくいんじゃない? 詩織おばさん……」
「ぶっ殺すぞ森川!!」
——はい、すみませんでした。
「目が覚めましたか?」
振り向くと、神戸氏と矢吹さんがこちらに歩いてきていた。
「おかげさまで。さっき持ってきた薬が効いたみたいです」
神戸氏と矢吹さんは、ほっとしたように微笑む。
「それは何より。さて……皆さんに、会っていただきたい方がいます」
「会って? 誰なの?」
梢社長が首をかしげる。
「どうぞ、こちらにお願いします」
神戸氏の合図で、部下らしき男性に付き添われ、一人の女性が入ってきた。
それは——山城夫人だった。
彼女はモモを見つけると、「モモちゃん!」と声を上げ、駆け寄る。
——モモちゃん? この人、なんで名前を?
山城夫人はモモの横に膝をつき、そっと手を握ると、わっと泣き出した。
一瞬、岩田さんが前に出て止めようとするが、神戸氏が彼の肩を掴んで制止する。
山城夫人は「モモちゃん……モモちゃん……」と、何度も名前を呼びながら、涙で濡れた頬をそっとモモの手にすり寄せた。
僕らは、ただ呆然とその光景を見つめるしかなかった。
「神戸君。これは一体、どういうこと?」
梢社長が山城夫人を横目に、そっと尋ねる。
神戸氏は頬をぽりぽりと掻き、「そうですね、どこから話しましょうか」と苦笑した。
そして、ひとつ息をついて、口を開く。
「この山城夫人は……モモさんの祖母にあたる方です」
——祖母!? おばあちゃん!?
「加えて、彼女は“タリスマンエコー”の日本支社エージェントでもあります」
「タリスマンエコー……? それ、なに?」
僕が思わず訊ねると、岩田さんが教えてくれた。
「……世界中に拠点を持ち、軍事も医療も牛耳ってる。表向きは商社だが、実際は“世界の秩序を裏からデザインする連中”だ」
そう言って、岩田さんは「そんな事も知らんのか」と言わんばかりに睨んできた。
——へー。スイマセンねぇ。教養なくて。
「森川さんには、こう言った方が分かりやすいですかね」
神戸氏がこちらを見て、ニヤリと笑う。
「あの“ヘルハウンド”——あなたが極東支部を壊滅させた傭兵部隊。そのスポンサーが、彼らです」
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