第122話 クスリ
お読みいただいている皆様へ【お詫びとご報告】
いつもお読み頂きありがとうございます!
4月23日。「第119話 洞窟」を抜かして投稿していることが判明しました。心よりお詫び申し上げます。本日、修正し再投稿いたしましたが、その影響でブックマークがずれてしまう可能性がございます。お手数をおかけしますが、何卒ご容赦を賜りますようお願い申し上げます。重ねてお詫びいたします。
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館内は、異様なほど静まり返っていた。
さっきまでの騒動が幻だったかのように、廊下には人の気配がない。
聞こえてくるのは、僕たちの足音と、早まる呼吸だけだった。
玄関へと駆ける。
そして扉の向こうが視界に入った瞬間、足が止まった。
——そこにあるはずの車が、消えていた。
「……いない!?」
血の気が引いた。
周囲を見回しても、神戸さんの姿はどこにもない。
代わりに、旅館の前には狼モドキの群れがうごめいていた
「あいつ……嵌めやがったか」
つい漏らした僕の言葉に、オフィーが振り返る。
「気にするな。所詮、その程度の男だったってだけだ」
淡々と告げながら、彼女は静かに剣を構える。
僕も左手に熱を込め、グリーンフラッシュの準備を整えた。
狼モドキたちが唸り声をあげながら、じりじりと距離を詰めてくる。
オフィーが地を踏みしめ、低く構えた——その瞬間。
衝撃音とともに狼モドキたちが吹き飛ばされた。
一陣の風のように車が現れ、タイヤを鳴らしながら玄関前に滑り込む。
運転席の窓が開き、神戸氏が顔を覗かせた。
「さ、乗って!」
何事もなかったかのような、あの調子のいい笑顔。
「すいませんね。あまり一箇所に留まってたら、奴らが群れてきちゃって。
ちょっと撒くために、ぐるぐるしてたんです」
「裏切ったかと思いましたよ……!」
「やだなあ、そんなつまんないことで裏切りませんって」
肩をすくめて、にやっと笑う。
「裏切るとしたら、もっとこう……感動的な場面でバシッとやりますって」
「そういうの、わざわざ言わなくていいから!!」
僕たちは車に飛び乗った。
▽▽▽
大樹教本部跡には、やはり狼モドキたちが溢れていた。
まるで何かに引き寄せられるように、建物を取り囲み、うろついている。
それはあたかも、動物園の檻に集まる観光客みたいだ。……今回檻の中にいるのは僕らの方だけど。
「突っ切って、玄関に横付けします!」
神戸氏が叫び、巧みなハンドルさばきで車を滑らせる。
車は玄関のすぐ前で停まる。
止まりきる前に、僕たちは飛び出して屋敷へ駆け込んだ。
目指すのは——モモが寝かされている部屋。
「クスリ、あったの!?」
詩織さんがこちらに気づき、駆け寄ってくる。
「中身はまだよく分からないけど……あった!」
僕はモモのバッグを掲げた。
「見せて」
梢社長が手を差し出す。僕は小袋を手渡した。
横から覗き込んだサブリナが眉をひそめた。
「『クスリ』って書いてある……直球すぎない?」
「モモちゃんにも分かりやすいように、あえてそう書いたのかもね」
詩織さんが柔らかく微笑む。
梢社長は袋を開けて中をじっと見つめると、小指ですくってぺろりと舐めた。
皆がその表情に注目する。
沈黙のあと、社長は袋を淳史くんに差し出した。
「なめてみて」
「え、僕っすか!?」
突然の指名に、淳史くんの声が裏返る。
おずおずと粉を指にとり、ぺろり。
きょとんとした顔で周囲を見回した。
「これ……ガーリックパウダーですね。つまり、ニンニクです」
「ニンニク……!?」
皆が驚きの声を上げる。
「モモちゃんって、ドラキュラ系だったっけ……」
サブリナのつぶやきに、「いや、だったら逆だろ!」と岩田さんが即ツッコミ。
「たぶん、これ、うちが納品してるニンニクだと思う」
梢社長が袋を見つめながら言った。
「うちの“大樹の加護”が宿ってるからね」
——大樹の加護?
「それが“クスリ”ってことですか? でも、モモの状態って、この土地の大樹のせいなんじゃ……?」
僕が食い下がると、社長はゆっくり首を振った。
「違うよ。サブちゃんから聞いたけど、モモちゃんがこうなったのは、このご神木の“加護”の影響でしょ?。
一方で、こっちのニンニクには、うちの“大樹”——本物の加護が宿ってるの」
「でも、その神木って、梢ラボの大樹をコピーして作ったんですよね? なら、加護も同じなんじゃ……」
「それがね、たぶん違うの。コピーとオリジナルの違い……あるいは“大樹”の“想い”の違い、ってやつ?」
さらっと言う社長が、袋を手にして微笑んだ。
「ま、とにかく飲ませてみなきゃ始まらないよ」
「悪化したらどうするんですか!」
思わず声を荒げた僕に、サブリナが割って入る。
「でも、他に手段ないでしょ? ……モリッチは、私たちの“大樹”を信じてないの?」
——信じてないのか?
言葉に詰まった。
これまで幾度も、大樹は僕を救ってくれた。その力を、誰より知っているのは——僕だ。
ツバサさんがそっと手を取り、僕の目を見つめる。
「大丈夫。うちの大樹様、何度も助けてくれたじゃないですか。信じましょ」
その言葉に、僕は頷くしかなかった。
「……分かりました。飲ませてみましょう」
僕の決意に、社長が小さく頷いた。
詩織さんが小袋の中身を少しずつ水に溶かし、モモの口元へそっと近づける。
「さ、飲んで……ゆっくりでいいからね」
優しく語りかける声に、反応のなかったモモの喉が、わずかに動いた。
「モモちゃん、飲んで!」
「がんばって、モモ!」
「弟子よ! さあ、飲むんだ!」
みんなが次々に声をかける。サブリナまで真剣な声を張り上げていた。
モモの瞼が、かすかにピクリと動いた気がした。
「ど、どうですか!?」
思わず前のめりになる僕。
その肩を、オフィーが「落ち着け」と言わんばかりにがしっと掴んだ。
やがて——
モモの呼吸が、ゆっくりと穏やかになっていく。
「うん。よさそうね」
詩織さんが微笑む。
すると、モモの体を覆っていた蔦が、しおれるように力を失い、静かに地に落ちていく。
肌を突き破っていた痛々しい蔓も、朽ちるように消えていった。
そして、モモの顔に、かすかに血色が戻ってくる。
——効いている……!
一同が、ほっと息をついた。
「さすが! にんにくの殺菌作用ってスゲー」
サブリナの一言に、全員の視線が集まる。
「……な、なんだよ〜」
口を尖らせるサブリナ。
——空気読めっ! 今は全員で喜び合い、泣くところだろ……!