第121話 逃走
お読みいただいている皆様へ【お詫びとご報告】
いつもお読み頂きありがとうございます!
4月23日。「第119話 洞窟」を抜かして投稿していることが判明しました。心よりお詫び申し上げます。本日、修正し再投稿いたしましたが、その影響でブックマークがずれてしまう可能性がございます。お手数をおかけしますが、何卒ご容赦を賜りますようお願い申し上げます。重ねてお詫びいたします。
------------------------------------------
轟ッ!!
爆風のような斬風が視界を駆け抜け、前方を塞いでいた狼モドキたちをまとめて吹き飛ばした。
「——ウィンドスラッシュ!」
風魔法が森の木々を揺らし、えんじ色のローブがたなびく。
我らがヒロイン、ツバサさんの登場だ。
「遅くなりました! みんな、無事ですか!?」
「ツバサさん!!」
その背後——まるで戦場に舞い降りた戦乙女のように、鍬を肩に担いだスウェット姿の美人が現れる。
額にかかった髪をひと払いし、静かに言った。
「遅れたな……で、何匹倒せばいい?」
「オフィーも来てくれたんだ……!? てかその鍬、どうしたの!?」
「間に合わなかった。近くの畑から借りた。重さは大剣とほぼ同じだ。問題ない」
言うが早いか、オフィーは鍬を振り下ろし、横から飛びかかってきた狼モドキの頭を叩き潰した。
ゴキンッ。
乾いた音が耳を打つ。——骨ごといったな、今の。
容赦ねぇ……!
「ツバサ、森の中じゃファイアーボールは禁止だ。山火事になる」
「了解です師匠! ウィンドスラッシュで援護します!」
ツバサさんが魔力を指先に集めながら頷いた。
「私が道を開きます!」
矢吹さんが叫び、先頭に立って駆け出す。
僕はモモの繭を抱え直し、その背を追った。
「ツバッチーの魔法、キレッキレだな〜」
隣を駆けるサブリナがチラッと振り返り、楽しげに笑う。
ツバサさんとオフィーは殿に回り、追ってくる狼モドキを次々となぎ倒していく。
「……キリがないな」
オフィーが鍬を一閃。複数の首が宙を舞い、斬撃の余波に木の葉が舞う。
そのすぐ後ろで、ツバサさんが魔法を放ちながら声を上げる。
「驚きましたよ。寝てたらグリーちゃんが泣きそうな顔で『みんなが危ない!』って……知らせてきたんです」
あのツンデレ精霊め……後でお礼しなきゃな。
「それで、旅館のまわりにも狼モドキが溢れてきて。神戸さんの部下さんと合流して、今は大樹教の跡地に避難中です」
ツバサさんが振り返り、にこっと微笑んだ。
「で? これ、スタンピードってやつですか?」
「たぶん……」
「……森川さん、ほんと“引きが強い”ですね?」
ツバサさんのジト目が突き刺さる。
横を走る神戸氏が、無言でうなずいていた。
——違う! 断じて僕のせいじゃない!
「森川さん! 口より足を動かしてください!」
「すみません!」
矢吹さんに怒られ、僕は歯を食いしばって加速した。
やがて、道の先に見えてきたのは——かつての教団本部跡地。
建物全体を淡く脈打つ結界の光が包んでいる。
その裏口で、誰かが手を振っていた。
「こっちよ! 急いで!」
梢社長だ。肩にグリーを乗せ、空に向けて小さな手を掲げている。
詩織さん、淳史くん、岩田さんも「早く!」と声を張っていた。
僕たちは結界の膜をくぐり抜ける。
——その瞬間。
喧騒が嘘のように消え、静寂が訪れた。
咆哮や足音が遠のき、全身から力が抜けて、僕は思わず膝をついた。
「モモちゃんは!?」
詩織さんが駆け寄り、僕の腕から繭をそっと受け取ってマットの上に寝かせる。根に覆われた額を優しく撫で、胸に耳を当てた。
「目は覚めてないけど……息はある。大丈夫」
その言葉に、ほっと胸を撫で下ろす。
けれど、モモの体には無数の蔦が巻きついていた。
まるで捕らえられているかのように、細いツタが肌に絡み、青白い身体のあちこちで脈動している。
「ポーションで治療できませんか?」
僕の問いに、社長が小さく首を横に振った。
「ある意味、植物に寄生されてる状態。ポーション使うと、植物のほうが活性化しちゃうかも」
「じゃあ……どうすれば……」
詩織さんはモモの額にそっと手を添え、不安そうに見つめていた。
梢社長も真剣な表情で彼女を見つめる。
絡みついた蔦が、まるで意思を持つように、わずかに動いた。
——助けなきゃ。でも、どうすれば?
胸の奥から、どうしようもない無力感が込み上げてくる。
——何か……突破口はないのか。
そのとき、ふと思い出した。
タイショーが渡してくれた——あのバッグ。
「そういえば、タイショーが……薬をバッグに入れてくれたって……」
「薬?」
梢社長が眉をひそめる。
「必要なときに自分で飲むって。……でも、中身までは教えてもらってなくて」
——失敗した。大失態だ。
あのとき、ちゃんと聞いておくべきだった。
けど今さら後悔しても遅い。
「モモのバッグって、どこにあります?」
「旅館に置いてきたよ」
詩織さんが答えた。
——もしかしたら、ただの胃薬かもしれない。風邪薬かもしれない。
でも、確かめずにはいられない。
「……取りに行きます」
「今から!? 外に何がいると思ってるのよ!」
梢社長が声を荒げた。
「でも……気になるんです」
「ダメだよ。あるかどうかも分からない薬を取りに行くなんて」
珍しく、梢社長が怒ったように僕を睨む。その迫力に、場が凍りついた。
その中で、オフィーが無言で僕の肩を掴む。
「分かった。私がついて行ってやる」
「オフィー……!」
彼女は振り返り、神戸氏に言う。
「預けた剣は、どこだ?」
「車の中にあります!」
「返してもらう。鍬じゃ物足りない」
そう言って鍬を担ぎ直し、迷いなく結界の外へ踏み出す。
「ちょっと! オフィー!」と梢社長が叫ぶが、彼女はお構いなしに扉に向かった。
僕もあわてて、その背を追った。
ドアを開けた瞬間、そこは——まるで地獄だった。
無数の狼モドキたちがうごめき、こちらを見つけて一斉に咆哮を上げる。
「……あれが車か?」
「案内しますよ!」
神戸氏が前に出て、次々と狼モドキを斬り伏せていく。
オフィーも無言で鍬を振るい、敵をなぎ倒す。
——この二人、やっぱ最強すぎる。
車につくと、神戸氏が素早く運転席に滑り込んだ。
「早く、乗って!」
僕とオフィーが後部座席に飛び込んだ瞬間、車はタイヤを鳴らして加速した。
「……別にお前まで来る必要なかっただろ」
オフィーがぼそりとつぶやく。
「車で行ったほうが早いでしょ」
神戸氏がバックミラー越しにニッと笑った。
「ちなみに剣は後ろの荷台にありますよ」
振り向くと、大剣がしっかり固定されていた。オフィーはそれを手に取り、静かに構え直す。
森の中には、ちらほらと狼モドキの姿が見えたが、数は多くない。
「こっちにはあまり出てないみたいですね」
「たぶん、あの少女に引き寄せられてるんでしょう」と神戸氏が答える。
やがて旅館が見えてきた。
——ほんの数時間前まで、ここにいたのに。
まるで、何日も前の出来事みたいだ。
車が正面玄関にぴたりと停まる。
「私はここで待ってます。急いで」
「ありがとうございます!」
僕とオフィーは車を飛び出し、静まり返った暗い館内へと駆け込む。
「モモの部屋はこっちだ」
オフィーが迷いなく先導して、扉を開ける。
布団が敷かれたままの部屋。その脇に、見慣れたバッグがぽつんと置かれていた。
「……あった!」
僕はバッグを手に取り、すぐに中を確認する。
そこには、小さな手書きの袋がいくつも入っていた。
——表には、大きく「クスリ」の文字。
中身は……粉末状の、なにか。
「これが……薬、だよな?」
「ゆっくりしてる暇はないぞ」
オフィーの声にハッとして、僕は袋ごとバッグを肩にかける。
「よし、戻ろう!」
僕たちはすぐさま部屋を飛び出した。
お読み頂きありがとうございます!
是非!ブクマークや、★でご評価いただければ嬉しいです!
よろしくお願いいたします。