第120話 依り代
お読みいただいている皆様へ【お詫びとご報告】
いつもお読み頂きありがとうございます!
4月23日。「第119話 洞窟」を抜かして投稿していることが判明しました。心よりお詫び申し上げます。本日、修正し再投稿いたしましたが、その影響でブックマークがずれてしまう可能性がございます。お手数をおかけしますが、何卒ご容赦を賜りますようお願い申し上げます。重ねてお詫びいたします。
------------------------------------------
礼拝堂の奥——
かつて祭壇だった空間は、異様な熱気と緑の光に満ちていた。
中央には、根のような蔓に絡め取られた“繭”。
その中で、モモが眠っている。
彼女の身体からは、小さな草の芽が芽吹いていた。
まるで植物が、彼女の体を借りて命を育んでいるかのように——。
——これって……カリビアンの“樹木化”と同じ……?
悠枝の冠で、大樹と同化していった彼の姿が脳裏をよぎる。
まるでその再現。いや、それ以上に歪んだ何か。
モモの中から、樹が生えてくる——そんな感覚。
そして、祭壇の奥。
土壁の一角に“黒い渦”が脈打っていた。
それは、心臓のように呼吸しながら、禍々しく明滅している。
——ダンジョンコアだ。影流の森で見た……あれが、なぜここに?
その渦からは、ねっとりとした気配が滲み出ていた。呼吸するように生きていて……気味が悪い。
周囲を囲むのは、白装束の信者たち。いや、“だったもの”たち。
虚ろな目。硬直した身体で、ただひたすら祈り続けている。
まるで糸の切れた操り人形だ。
その中で、ひときわ異様に背の高い男が立ち上がった。
緑の衣をまとい、無言のままこちらを見据えてくる。
「……誰ですか? 神聖な場を汚す者は」
擦れた布が風で鳴るような、乾いた声。
まるで空気が漏れているかのような、不気味な響きだった。
神戸氏が小声で耳打ちする。
「……あれは、死んだはずの開祖——霧影自若ですね」
そう言って、静かに刀を抜いた。
「あなた、私のことをご存じですか?」
男がゆっくりと歩み寄ってくる。
だが、その姿はもはや人間ではなかった。
緑がかった衣の隙間から覗く腕は、樹皮のように硬化している。
瞳だけがギラギラと輝き、異様に細い身体は、今にも崩れそうだった。
「三年前にお亡くなりになったと記憶していますが」
「では今、ここにいる私は幻でしょうか」
ヒヒヒ、と礼拝堂に乾いた笑いが響く。
その声に、背筋がぞくりと震える。
——なにこれ……怖ッ。こいつ、人間じゃない。
男は神戸氏の顔を見つめ、目を細めた。
「ああ……思い出しました。あなたは神戸家の当代……でしたか」
「三年前に死んだ人間が、なぜ生きている? 遺体は火葬されたはずですが」
「蘇ったのです。この御神木様の祝福によって」
男がゆっくりと、瓶に入った緑の液体を掲げる。
「それは……エリクサー?」
神戸氏が呟く。
「俗な呼び方はやめていただきたい。
これは“常緑の命丹”——御神木様より授かりし、永遠の命の雫です」
「命丹が……完成していたのか。これは、見過ごせませんね」
「私はすでに、焼けた肉体を捨て去った。
いまや御神木と一体となり、不老不死の存在として還ったのです」
男は狂気を孕んだ目で、宙を仰いだ。
「そして今、この世界に“永遠”をもたらすために——再び目覚めたのです!」
——永遠の命だと? 狂ってる。完全に正気じゃない。
「モリッチ、撃つぞ」
サブリナが銃を構える。
「待て!」
咄嗟に僕は腕を押さえた。
「……殺人罪になる」
「……あれが人間に見えるか? 心も体も、もうバケモンだろ」
サブリナは銃口を下げず、鋭く睨んでいた。
その射線を塞ぐように、神戸氏が前に出る。
「彼女は我々の“仲間”です。返していただきたい」
「それは困りますね。彼女は“選ばれし巫女”。命丹の“種”を宿した存在なのです。離すわけにはいきません」
「ふざけんな! モモちゃんは私の弟子だ!」
サブリナが一歩踏み出したその瞬間、白装束の一人が飛びかかってきた!
だが、矢吹さんが即座に警戒棒で迎撃。
男は壁に叩きつけられ、沈黙した。
「勝手に動かないで。守れません」
矢吹さんが僕らを庇うように前に立つ。
神戸氏が冷ややかに言い放つ。
「意味がわからない。彼女は巫女でもなんでもない、ただの少女です」
「ほう……あなたは知っているでしょう? 彼女が命丹で命を繋いだ存在であることを」
教祖が繭に手を伸ばす。
指先から流れ出す緑の粒子が、繭の中へと吸い込まれていく。
「これは再生です。あらゆる死を越え、永遠に息づく存在の芽吹き——神を超える者の誕生です」
「てめぇの不老不死のために……モモを“器”にするってのか!?」
僕が噛みついても、教祖は無言。だがその沈黙こそが答えだった。
「お前らがやってるのは、“自然の輪廻”を壊してるだけだ!」
「死に抗うことが、なぜ悪だというのです?
少女もまた、輪廻を歪められた存在……違いますか?」
繭に流れ込む緑の光が強まっていく。
——ドクン。
その鼓動に合わせるように、大地が呻くように軋んだ。
「……ッ!? この揺れは……」
揺れじゃない。——これは、“呼吸”だ。
洞窟全体が、巨大な何かの体内のように脈動している。
そして——
渦の中から、黒い影が這い出してきた。
「……来たか。“地の底の狩人”たちが」
狼のような異形の魔獣たちが、群れを成して渦から現れる。
白装束の信者たちが次々と裂かれ、断末魔が響き渡った。
その混乱の隙を突き、僕は飛び出す。
祭壇の上の繭——モモを抱きかかえて、走った。
「森川さん、こっち!!」
僕を援護するように、神戸氏、サブリナ、矢吹さんが動く。
だが、教祖の祈りはなおも続いていた。
「神よ……芽吹きの時を……我らに与え給え……」
その祈りは、獣たちの咆哮にかき消されていった——。
「あれは?」
神戸氏が横を走りながら尋ねてくる。
「ダンジョンコアから魔獣が溢れてきたんでしょ!あんときと一緒だよ!」
サブリナが叫ぶ。
「あんとき……?」
神戸氏が眉をひそめる。
もう少しで——洞窟の出口。
そう思った、そのとき。
狼モドキたちが、行く手を塞ぐ。
「チッ、外にもいたのかよ……」
繭を抱えたまま、僕は足を止める。
「やばい、包囲されてる——ッ!」
サブリナの叫びと同時に、魔獣の咆哮が迫った。
背後からも、追手の気配。
逃げ場は——もう、ない。
そのときだった。
——轟ッ!!
凄まじい風の斬撃が視界を横切り、狼モドキたちをまとめて薙ぎ払った。
「……遅れました!! みんな、無事ですか!!」
現れたのは——
我らがヒロイン! ツバサさんだった。
お読み頂きありがとうございます!
是非!ブクマークや、★でご評価いただければ嬉しいです!
よろしくお願いいたします。