表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
119/199

第119話 洞窟

お読みいただいている皆様へ【お詫びとご報告】

いつもお読み頂きありがとうございます!

4月23日。「第119話 洞窟」を抜かして投稿していることが判明しました。心よりお詫び申し上げます。本日、修正し再投稿いたしましたが、その影響でブックマークがずれてしまう可能性がございます。お手数をおかけしますが、何卒ご容赦を賜りますようお願い申し上げます。重ねてお詫びいたします。

------------------------------------------


 夜の闇は、湿った布のように重く、肌にまとわりついてくる。

 月明かりすら、この場所では意味をなさなかった。

 

 僕たちは、教団施設跡の裏手——崖の中腹にぽっかりと口を開けた“穴”の前に立っていた。

 崩れた地盤が、地下へと続く空洞を露わにしている。

 だが、それがただの自然現象だとは、どうしても思えなかった。


 近づくほどに、空気が変わっていくのを感じる。

 ぬるりとまとわりつくような冷気が頬を撫で、奥から這い出すような“視線”の圧が皮膚を刺す。

 ——まるで、この“穴”そのものが、こちらを見つめているようだった。

 

「ここ、入るんですか……?」


 矢吹さんが、かすかに笑みを浮かべながら呟いた。

 手にしたライトが微かに揺れ、その先の闇を照らしきれずに震えている。


 穴の奥からは、生ぬるい空気がゆっくりと吹き出していた。

 それは、まるで巨大な生き物が、深く、静かに呼吸しているかのような……不気味な“吐息”。


「やるしかないでしょ。モモがあっちにいるんなら」


 サブリナが胸の前で銃を構え、前を見据える。

 その姿は、どこか祈る者のようにも見えた。


 僕は、ごくりと唾を飲み込み、一歩、穴の中へ足を踏み入れた。


 瞬間、音が消えた。


 耳鳴りのような静寂が、脳をじわじわと締めつけてくる。

 背後で神戸氏が、低くつぶやいた。


「……これは、なにか結界の名残ですね。儀式用に張られた結界が、今でもわずかに残っている」


「気持ち悪いですね……これ」


 矢吹さんの声が、遠くから届くように聞こえた。


 ——結界、か。


 思い出すのは、グリーや社長が張っていた魔法の結界。

 それに、この世界の人間も……たしか、傭兵騒乱のときに神戸総一郎が使っていた。


 ……つまり、ここにいた連中も、それを使える“側”ってことか。

 

 足元には砕けた瓦礫や朽ちた木片が転がり、壁には祈祷文のような文字が残されていた。

 だが、その大半は黒く焦げ、判別は難しい。


 ふと、壁に焼きついた“人型の染み”に目が止まる。

 ただの跡にしては……あまりに、生々しすぎた。。


 そして、その奥には、朽ちかけた木の扉があった。

 

「おそらく儀式の痕跡でしょう。命約の大樹教の隠れ家ですかね」


 神戸氏の声が、洞窟内に響く。


 僕は息をのんで、口を開きかけた——そのとき。


 奥の暗闇から、微かな音がした。


 がさり……ひゅう、と風の音。


 そして——


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……」


 人か獣かも分からない、異様なうめき声。


 洞窟の奥。

 闇の中から、“それ”は現れた。


 白装束の男。

 痩せこけた手足は骨のように細く、皮膚は破れそうに突っ張っている。

 口元は不自然に裂けており、そこに浮かぶ笑みは、あまりにも異常。

 フードの奥で光る目だけが、異様なほどぎらついていた。


 わずかに残った法衣の布切れが、彼がかつて“信者”であったことを物語っている。


「っ、来るぞ! サブリナ、下がれ!」


 左手に力を込める。

 けれど、その姿を見た瞬間、頭の奥がざわついた。


 ——こいつ、本当に人間か?


 その瞬間、矢吹さんが前へと踏み出した。

 手にしたのは黒い伸縮棒。文様の入った警戒用の武具だ。


「……これ、人間なの?」


 問いかけられても、答えられなかった。

 答えようがなかった。


 そのとき——


 奥にある朽ちた扉の向こうから、何かがぶつかる音が響いた。


 バン! ガン! バン!


 低いうなり声が混じる。

 喉の奥からしぼり出すような、くぐもった唸り。

 そして——叫び声。

 男でも女でもない、いや、人間ですらない……そんな歪んだ叫びがいくつも重なった。


「っ……また来る!」


 扉の向こう。

 獣のような呻き声と、何かがぶつかる音が、こちらへと近づいてきた。


 だが、それは突然、途絶えた。


 ぴたりと止まる。まるで、こちらの動きを伺うように。

 静寂。


 僕たちは、ただ無言で目を見交わした。

 言葉はいらなかった。互いにうなずき、気配を殺す。


 

 矢吹さんが先頭に立ち、そっと扉の取っ手に手をかける。

 重々しい音を立てて、ゆっくりと扉が開いた。


 その先には——崩れかけた礼拝堂が広がっていた。


 半壊したドーム状の空間。

 天井はところどころ崩れ落ち、月明かりが斜めに差し込んでいる。

 柱には奇妙な彫刻がびっしりと刻まれ、中央には朽ちかけた祭壇があった。


 ——そして、その前に、“彼女”はいた。


「モモ……!」


 サブリナが息を呑み、駆け出そうとするのを、僕が制止する。


 祭壇の石板の上に、モモが静かに横たわっていた。

 手足に拘束はない。それでも、まるで眠っているように微動だにしない。


 そして、

 その傍らに、“それ”は立っていた。


 長身の男——いや、人間とは到底思えない。


 彼の周囲には、さきほどの白装束の男たちによく似た異形の者たちが、額を地面に擦りつけるように伏していた。


 骨のように痩せこけ、乾いた粘土のようにひび割れた皮膚。

 目と口だけが異様に大きく歪み、かつて白だった法衣は、血と煤にまみれている。


 その異形の男は、両腕を広げ、天を仰ぎ、祈っていた。


「……教祖か」


 神戸氏が低く呟く。


 教祖の口から洩れるのは、言葉ではなかった。

 動物のような咆哮。時折、意味の分からない言語のような響きが混ざる。


 まるで、神と対話しているかのような、祈りだった。


「……聞こえるか、我が主よ。

 この器は整えた……今こそ、約定の刻——」


 教祖が、モモの額に手をかざす。


「っ、やめろ!!」


 サブリナが銃を構えるが、その瞬間——


 教祖が天を仰ぎ、呟いた。

 その目は、笑っていた。口ではなく、目で、不気味に。


「我が神の(ふところ)へ……」


 そして。

 モモの身体が、ゆっくりと宙に浮かび上がった。


 祭壇から放たれる光が、彼女の身体を包み込む。

 その背から何かが浮き出しそうな、異様な圧力が空間を満たす。

 

「止めなきゃ……!」


 僕は走り出そうとする。だが、空間が歪んだ。


 視界がぐにゃりと曲がり、周囲の壁や床が液体のようにうねり出す。


「これは……特殊な儀式結界ですね……!」


 神戸氏の声が響いた。


 ここは祈りの場——神と契約を交わす“儀式空間”。

 僕らは、完全にその中に閉じ込められていた。



お読み頂きありがとうございます!

是非!ブクマークや、★でご評価いただければ嬉しいです!

よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ