第111話 夜の惨劇
「——きゃあああああ!!!」
山城夫人の悲鳴が、凍りつくように空気を裂いた。
反射的に、僕らは部屋へ飛び込む。
くすんだ椅子やテーブルが壁沿いに乱雑に置かれた、がらんとした洋室。
中央には色褪せた赤い絨毯が敷かれ、その上に——
男性が倒れていた。
矢吹さんが、肩を抱えた山城夫人を必死に支えている。
夫人は、今にも倒れた男性にすがりつきそうな勢いで取り乱していた。
仰向けに倒れた男性は、目を大きく見開いたまま動かない。
その表情は、何かおぞましいものを見た直後のように凍りついていた。
口元には粘つく液体が滲み、不気味な光を放っている。
両手は不自然に硬直し、右手は首元、左手は胸元を掻きむしるような形で固まっていた。
——これ……もう、死んでるのか?
背筋を悪寒が駆け抜ける。
「これは……」
隣で、神戸氏が低く呟いた。
そして僕をチラリと見て、小声で問いかける。
「一応、確認ですが。この件と貴社は関わりがありますか?」
……貴社って、うちのこと!?
そんなわけない! 言葉が出ず、僕はただ首を横に振る。
「そうですか……」
神戸氏は呟くと、再び夫人へ視線を戻した。
その隣では、ツバサさんが口元を押さえ、青ざめた顔で立ち尽くしている。
夫人の叫びは、今もなお、痛々しく響いていた。
そのとき——
オフィーが静かに歩み寄り、夫人の肩に手を置く。
次の瞬間、糸が切れた人形のように、夫人は力なく崩れ落ちた。
「軽い鎮静魔法をかけた。どこか別の場所で休ませた方がいい。」
そう言いながら、オフィーは夫人を軽々と抱き上げ、矢吹さんとともに部屋を出ていった。
直後、黒スーツの男性が入ってきて、神戸氏に耳打ちする。
「建物内を確認しましたが、この男性の遺体以外に人影はありません」
「来たときからか?」
「はい」
「警察には?」
「まだです。局長の確認を待っておりました」
神戸氏は小さく頷き、こちらを振り向く。
「ひとまず、この部屋を出ましょう」
そう言って、さっさと歩き出す。
僕はツバサさんの肩にそっと手を置き、「行こう」と促しながら後を追った。
▽▽▽
外に出ると、スーツ姿の人々が慌ただしく動いていた。
カメラで建物を撮る者、黒い棒状の機械を手に木立を調べる者、無線で指示を飛ばしつつ走る者——まるで本格的な捜査現場だった。
少し離れた場所で、神戸氏が携帯を片手に誰かと話している。
そこへオフィーが戻ってきた。
「車の中に寝かせてきたよ」
「で……状況がよくわからんのだが。あの夫人たち、知り合いなのか?」
オフィーは目を細め、じっと僕らを見つめる。
「知り合いってほどじゃないよ。今日、散歩中に少し話しただけ」
そう言って、山城夫妻と出会ったこと、白装束の集団に襲われていたことをかいつまんで説明した。
オフィーは腕を組み、黙ったまま聞いていた。
「なるほど。で、来てみたら旦那の方が倒れていた、と」
「……死んでるかどうかは、あの時点じゃまだ……」
「あれはもう死んでる。生気がなかった」
オフィーは淡々と断言する。
ツバサさんが、そっと息を呑む。肩が小さく震えているのがわかった。
「大丈夫?」
声をかけると、彼女は小さく頷いたが、表情は強張ったままだった。
そのとき、神戸氏が頭を掻きながら戻ってきた。
「警察には通報しましたが、ここまで来るには時間がかかりそうです」
ため息をつきながら、僕らに視線を向ける。
「どうします? 一度宿に戻りますか? 後ほど改めて事情をお伺いしますが……。ご迷惑をおかけして申し訳ない」
神戸氏は少し申し訳なさそうに笑う。だが、彼に責任があるわけじゃない。
「それと、剣持さん」
神戸氏が急に改まった口調になる。
「あの大剣、こちらで預からせてください」
「なんでだ?」
「一般の方が所持していると、あらぬ疑いを招きます。我々で管理すれば、それなりに説明がつきますから」
「……なら仕方ない。丁重に扱ってくれよ」
「承知しています」
と、その時だった——。
ヴォゴゴゴゴゴゴゴ——ッ!!
地の底から響くような、不気味な音が鳴り響いた。呻き声のようでもあり、地響きのようでもある。
直後、足元が揺れる。
——地震!?
「キャッ!」
ツバサさんがバランスを崩し、へたり込む。
神戸氏とオフィーも身を低くして周囲を警戒。
僕はとっさにツバサさんを支えた。
どれほどの時間だったろう。
長いようで、一瞬だったような揺れがようやく収まる。
互いに顔を見合わせる。
神戸氏はすぐに周囲を見渡し、「被害状況を確認しろ!」と声を張った。
そのまま携帯を手にどこかへ駆けていく。
「……これ、本当に地震か?」
オフィーがぽつりと呟き、辺りを見回す。
「大丈夫?」
僕が声をかけると、ツバサさんはこくんと頷きながら立ち上がった。
「あの音と揺れ方……なんか変でしたよね。異世界でのこと、ちょっと思い出しちゃいました」
ズボンの膝を軽く払いつつ、ツバサさんはぎこちなく微笑む。
——嫌な予感がする。ただの地震ならいいんだけど……。
お読み頂きありがとうございます!
是非!ブクマークや、★でご評価いただければ嬉しいです!
よろしくお願いいたします。