第11話 魔改造チューン
岩田さんの話を全部信じたわけじゃない。
嘘じゃないとしても、常識的な頭が受け付けない。
それに、そんな異世界じみた会社に僕が入っていいのかも、よくわからない。
「本当にこのまま入社してもいいんでしょうか?」
おそるおそる尋ねると、岩田さんはじっとこちらに視線を向けてきた。
「正直、俺にもわからない。ただ一つ言えるのは、君をスカウトしたのが梢社長——異世界のエルフだってことだ。もしかしたら、君の中に何か特別なものを見つけたのかもしれないし……」
——それ絶対ないです。残念エルフですよ。
「まあ、単なる気まぐれかもしれんが……」
——絶対それ! だと思います。
「いいじゃない! 私は森川君、あの会社に合ってると思うよ」
詩織さんがにっこり笑う。
「た、例えば、どんなところが……ですか?」
「いや、ま……それ聞いちゃう? なんとなく、ほんとになんとなくだけどね! 私の第5感よ!」
——それ言うなら第6感です。第5感だと味覚とか嗅覚になっちゃいます。
岩田さんは僕から視線を外し、フーっと長いため息を吐いて、椅子の背もたれに体を預けた。
「とりあえず、入社のことはしばらく口外しないように。それと、携帯、持ってるだろう?」
「はい、持ってます」
「会社で用意するから、それまでは持ち込まないように」
「携帯を……ですか?」
僕はポケットから携帯を取り出して見せる。
「できれば、それも一度預かりたいんだけど……それと、部屋の中も見ておきたい」
「今日、ですか?」
「いや、今日でなくてもいい。専門家がいるから、そいつに見てもらう。ただ、帰ったら余計なことは言わないように。独り言でもね」
——なんだか、だんだん不穏な空気になってきたんですけど……。
「専門家ってサブちゃんでしょ? 最近会ってないな〜」
詩織さんが岩田さんに目を向けると、彼は短く頷いた。
「ああ、サブだ」
「もしよかったら、今から行かない? 私も暇だし! 行きたーい!」
詩織さんが楽しそうに手を挙げる。
——いや、詩織さん。お仕事は……?
岩田さんは、ちらりと柱の時計を見て言った。
「大体3時間くらいかかるから、帰りは遅くなるぞ。それでもいいなら、行ってみるか? 森川君はどうだ?」
「自分は大丈夫です」
——どのみち、訳のわからないことばかりだ。
少しでも理解が進むなら、その“サブちゃん”という人に会ってみたい。
「じゃあ、早いほうがいいだろう。行くか?」
岩田さんが詩織さんに向かって言うと、
「やったー!」と、詩織さんは元気よく立ち上がり、「じゃあ準備してくるねー!」と下に降りていった。
「よっぽど、サブという人に会いたいんですね?」
僕が聞くと、岩田さんは首を横に振った。
「会いたいっていうより、外に出たいんだろう。詩織さんも会社と関係が深いから、あんまり気軽に遠出できないんだ」
——なにそれ、気になります。
もし制限があるのなら、今後は僕もそうなるのか……ちょっと心配。
「遠出は禁止されてるんですか?」
「いや、別に禁止ってわけじゃないし、危険も……ない。ただ、内情を知るほど色々気になってしまってな。結局、出かけるのがおっくうになるんだよ」
岩田さんはカップに残ったハーブティーを飲み干した。
「今日は関係者だけだし、三人もいる。だから気楽に楽しめると思ってるんだろう」
そう言って、岩田さんは空いた食器を重ねて「じゃあ、行こうか」と立ち上がる。僕もそれに倣って、皿を持って1階へ向かった。
一階に降りて、カウンターに食器を置くと、奥から「ちょっと待ってねー、今準備してるから!」と詩織さんの声が聞こえた。
「慌てなくていいぞー」と岩田さんが返すと、奥から赤い髪の男性がひょっこり顔を出した。
「岩田さん、お久っす」そう挨拶しながら、彼は僕の方へ目を向けてくる。
「淳史くん、久しぶり。彼、梢さんのところに入る人なんだ」と僕の肩に手を置いて紹介してくれた。
「へー、梢さんが人採るなんて珍しいっすね。俺、今川淳史ッス。よろしくです」
——なるほど、彼が“あっくん”か!
僕よりは年下に見える。
華奢な体つきに、整った顔立ち。目元はどこかお姉さんと似ている。
ぺこりと頭を下げる彼に、僕も「森川裕一って言います。よろしくお願いします」と名刺を差し出す。
「あ、それはいらんです」と、彼はにっこり笑って受け取りを拒んだ。
——名刺、めっちゃ嫌われてます……。
「サブちゃんのところに一緒に行くみたいですね。すみません、姉貴がわがまま言っちゃって」
「わがままなんて言ってないよー!」と、奥から詩織さんの声。
「全然大丈夫。こちらこそ悪いね、忙しいのに誘っちゃって」
「大丈夫ッス。いても、うるさいだけなんで」
淳史くんが苦笑い。
「聞こえてるぞー!」と奥から詩織さん。
「じゃ、外で待ってるからなー」
岩田さんが声を掛けて、玄関の方へと向かう。淳史くんもその後を追う。
「こっからだと、高速使って2時間半ぐらいッスかね」
軽ワゴンを見ながら、淳史くんが言った。
「3時間はかかるだろ」と岩田さん。
「イヤイヤ、この車って魔改造チューンしてるんでしょ?」
淳史くんが笑うと、岩田さんは苦笑いしながら「改造してても、速度制限は厳守だぞ」と言い、携帯を取り出して少し離れた場所へ歩いていった。
その間、淳史くんは軽バンをいろんな角度から眺めている。
会話が途切れて気まずくなった僕は、軽い気持ちで声をかけた。
「この車って、改造してあるんですかね?」
「いやー、バリバリしてありますね。これ、馬力も凄いッスよ、きっと」
「見た感じ、そうは見えないんですけどねー」
「中身がごっそり魔改造チューンです。たぶん」
「ターボとか?」
「いや、文字通りの魔改造です」
——文字通り?
「魔法で改造してあるんッスよ。だから、魔改造!」
満面の笑みで、さらっと言う淳史くん。
——そんなんあるー!?
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