第108話 お酒飲んでないんだもん
ここの神木が、実は梢ラボラトリーの大樹から移植されたもので——しかも、モモはその神木の加護を受けているらしい。
正直言おう。
——こんな偶然ある?
もちろん、神戸氏が言っていることがすべて真実だとは限らない。
むしろ、嘘の可能性も十分にある。
なにしろ、彼は決して梢ラボラトリーの味方ではないのだから。
目の前でニヤニヤ笑っている彼の目をじっと見つめる。
——まったくわからん。底が知れない。
「おっと、森川さんたちはまだお食事中でしたね。こんなところにお引き止めするのも申し訳ない。また、機会を見てゆっくり話しましょう」
では、と、彼は僕とツバサさんに軽くお辞儀をし、暗い廊下の先へと歩いて行った。
ツバサさんは鼻にしわを寄せ、神戸氏の背中を睨むように見つめる。
「……何ですか、あのハンサムな人。ちょっと気味悪いです」
ハンサムで気味悪いって……ツバサさん、言い方!
「ま、あんな感じの人ですよ。いったん戻りましょう」
僕は、ツバサさんにしがみつくモモの頭をそっと撫で、広間へと戻った。
広間では、食事を終えた面々が賑やかな酒宴を繰り広げていた。
——が、その中でもひときわ異様なのが、梢社長の周囲だった。
空いたビール瓶と徳利が無数に並んでいるというのに、体質なのか、まったく顔色が変わる気配がない。
詩織さんやサブリナも相変わらず元気そうだ。
一方、オフィーと岩田さんは見事に撃沈。ぐらり、ぐらりと船を漕ぎ始めている。
そんな二人の間でケラケラと笑う淳史くん。
……ある意味、異様な光景が広がっていた。
僕は社長に、今あったことを報告しようと横に座る。
「なになにー、どうしたのー?」
社長は相変わらずの軽いノリで満面の笑顔を向けてくる。
「実は、さっきそこで神戸氏に会いまして……」
「神戸?、あの神戸君?」
僕が頷くと、社長は「へー、彼らも社員旅行なんだー。奇遇だねー」とズレたことを言い、ケラケラと笑う。
……んん?
「ここって人気なんだー。偶然ってあるんだねー」
またもやケラケラと笑う。
……いや、さっきから笑いすぎでは?
「社長……もしかして酔ってます?」
「えー、酔ってなんかないよー。まだお酒飲んでないんだもん」
社長は小さく舌を出し、「てへ」と笑った。
いやいや、あなたの周りに転がってるそのビンは何?
今度は、隣の詩織さんとサブリナを見る。
二人はコップを手に、異様に上機嫌な笑みを浮かべている。
……いや、なんかおかしい。場の空気が異様に穏やかすぎる……。
「社長って、もしかしてイっちゃってる?」
僕の問いに、二人は不思議そうに顔を見合わせる。
「何言ってんのー、ホント森川くんは冗談が上手! うますぎる!」
詩織さんがパチパチパチッ!と謎の拍手をする。
サブリナはウケケケッ! と奇妙な笑い声をあげる。
——ダメだ、この三人。顔色ひとつ変えずに実は泥酔してる……!
しかも、普段から普通じゃないのに、酔うとさらに普通じゃなくなるってどういうこと!?
これもう、完全に狂気の世界だ。
……と思ったその瞬間——。
詩織さんの肩に手を置き、サブリナが頭をグルんグルんと回しだした。
「あれ? 何か回ってるぞー。やっぱり、地球は回ってるんだな〜!」
「ふふふ、ならば!」
詩織さんは徳利をクルッと回しながら持ち上げる。
「酒は飲んでも飲まれるな! だが、飲まれた者だけが見える世界もある!」
なに!? この人たち怖い。
ツバサさんが僕の袖を引っ張る。
「森川さん……多分、みんなもうダメです。常軌を逸してます」
だよね!?
僕は諦めの溜息をついた。
「よーし、みんな解散! さっさと部屋に戻れー!」
僕らはこの一風変わった酔っ払いたちをなんとか宥め、部屋まで誘導することになった。
……これ、明日になったらちゃんと正気にもどってるんだろうか?
▽▽▽
僕とツバサさんは、酔っ払い達を布団に寝かせた後、ロビー脇のソファーで一息ついていた。
ソファに体を預けると、じわりと疲れが滲み出る。
「質の悪い酔っ払いたちでしたね」
僕が苦笑すると、ツバサさんも小さく笑いながら「本当に」と頷いた。
彼女の隣では、モモがさっき買ってあげたオレンジジュースをちびちびと飲んでいる。
ちゅーっとストローを吸う音が、やけに大きく聞こえた。静寂の中、わずかに安堵が混じる。
「さ、じゃあ私たち温泉行ってきますね」
ツバサさんが立ち上がり、モモの手を引いて「行こっ」と言った。
僕も、それに習って先ほど入らなかった岩風呂に挑戦しようかと腰を上げた——そのとき。
「やめて! 誰か!」
玄関先から、女性の悲鳴が響いた。
僕とツバサさんは顔を見合わせ、反射的に声のする方へと駆け出した。
玄関を出ると、駐車場の明かりがぼんやりと周囲を照らしていた。
そこには数台の車が停まっており、その影で——
「やめて!」
女性が車のドアにしがみつき、必死に抵抗していた。
彼女を無理やり引き剥がそうとする数人の人影。
全員、真っ白なローブのような服を着ていた。
顔の下半分を布で覆い、頭にも白い布を被っている。
その白い色が闇の中で入り乱れる異様な光景だった。
「何やってるんだ!」
玄関口から叫ぶと、白装束の数人がピクリと動きを止め、こちらを振り向いた。
その瞬間、彼らにもみくちゃにされていた女性が僕たちに気づき、必死の形相で叫ぶ。
「助けて! 殺される!」
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『 突撃!コール隊 〜推しがウザイ!なら世界を変えるまでだ』
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