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第104話 お気をつけて


 高速を下りてから二時間ほど走り、ようやく目的地が近づいて来た。


 途中の休憩ごとに助手席の人が交代し、今はツバサさんが隣に座っている。


 ちなみに運転手は僕。……最初から、ずっと僕。

 

 まあ、新入りとして当然の役割ではあるが、途中から道の舗装がなくなり、幅もぐっと狭くなったときは、さすがに「誰か代わってくれ」と思った。


 しかし、そんな僕の心情を察したのか、ツバサさんが「森川さん、頑張って!」と励ましてくれたおかげで、なんとかメンタルを保ったまま辿り着くことができた。

 

 正直、帰りのことを考えると気が重いが……まあ、それはそのとき考えよう。


 目的の旅館は、事前に見た写真ではなかなかの高級感があった。

 しかし、きっと写真映えする角度で撮っただけで、実物は年季の入った建物なのだろうと思っていた。


 ——驚いたことに、ほぼ写真そのままだった。


 正面入り口は、木格子と白壁に瓦屋根という純和風の構えで、まさに温泉旅館の風情。一方、その奥にはコンクリートの白壁が続き、大きな窓が木の枠で縁どられた三階建ての造りになっている。


 思ったほど古びてもおらず、むしろ予想以上に高級感があり、こぎれいな外観だった。


「到着でーす」


 駐車場に車を停め、後部座席の連中に声をかけようと振り返る。

 ……が、すでに全員、さっさと車を降りていた。


「いやー、凄い良い感じっすねー」淳史くんが感想を漏らし、


「そうだなー、早速風呂入るか?」と岩田さん。


「昼飯どうすんだー?」とオフィー。


「サンドイッチならまだあるよー」と詩織さん。


 いや、さっきあれだけ車内で食べてましたよね……。


 とりあえず「チェックインしてきます」と一言残し、ロビーへ向かう。


 そこには、小ざっぱりとした口ひげを生やした男性が立っており、落ち着いた口調で丁寧に挨拶してくれた。


 チェックインを済ませると、僕たちは三部屋に振り分けられる。


 本来ならチェックインにはまだ早い時間らしいが、どうやら宿は閑散としているようで、すんなり案内された。


 僕は男性チームとして、岩田さんと淳史くんと同室。


 どっしりとした木目の扉を開けると、そこには和洋折衷の趣を感じさせる空間が広がっていた。


 畳の香りがふわりと鼻をくすぐる。目の詰まった表面はまだ新しく、最近張り替えられたのかもしれない。


 床の半分は畳敷きで、奥にはシンプルな洋風のソファとローテーブルが配置されている。壁には和紙を思わせる照明が柔らかく灯り、落ち着いた雰囲気を演出していた。


 思った以上に手入れが行き届いており、落ち着いた雰囲気が漂っている。


「森川くんも、ひとっ風呂浴びるかい?」


 岩田さんに誘われたが、「後にします」と返事をする。


 窓を開けると、色づいた山並みが見えた。

 旅館の脇には、渓流のような川が流れている。


 ひんやりとした風が部屋の中に流れ込み、草木の匂いまで運んでくる。


 深く息を吸い込むと、体の中の汚れが洗い流されるような気がした。


 入社して一か月ほどだが、こうして違和感なく皆と一緒にいられる自分に驚きを感じる。以前の自分なら、きっと馴染めなかっただろう。


 個性的だが、それゆえに気さくな仲間たちのおかげかもしれない。


 そんな面々を思い浮かべると、知らず知らずのうちに口元が緩んでしまう。


 

「さ、温泉にでも入るかな」


 一人ごちて、浴場へと向かった。


▽▽▽


 大浴場は、長い渡り廊下を進んだ先にあった。

 廊下の壁には、この霧影山の風景だろうか。何枚もの写真が等間隔に飾られている。


 何気なく眺めていると、その中の一枚に思わず足を止めた。


 そこには、青々と葉を茂らせた一本の木が映っていた。


 毎日見ている、あの大樹。


 ——いや、そんなはずはない。


 なだらかな丘の頂に立つその木は、会社の庭にある大樹と驚くほどよく似ていた。


「似てるよねー」


 ふいに声をかけられ、驚いて振り返る。

 浴衣姿の梢社長が、僕の隣に立っていた。

 湯上がりのせいか、ほんのり色づいた頬。甘いシャンプーの香りがふわりと漂う。


「うちの大樹にそっくりなのよね」


 社長は写真を覗き込みながら、ぽつりと呟く。


「たぶん、それが『神木』と呼ばれていた木じゃない?」


 横からサブリナが会話に加わる。

 彼女も浴衣姿で、頬がうっすら赤い。温泉に入ってきたばかりなのだろう。


「神木?」


 社長が問い返すと、サブリナは小さく頷いた。


「そう。三年前までこの山にあったんだって。『奇跡を呼ぶ木』って言われてたらしいよ」


 まるでおとぎ話を語るような、どこか楽しげな口調だった。


「でもね、三年前に雷が落ちて燃えちゃったらしいけど」


 ——そう、車の中でサブリナが言っていたやつだ。


 なんとなく胸がざわつく。


「これも……世界樹って可能性、あるんですか?」


 気になって、社長に尋ねてみた。


 しかし、社長はじっと写真を見つめたまま、しばらく沈黙する。


「わかんないけど……世界樹が、そう何本もあるわけないじゃない?」


 ぽつりと呟く声は、どこか不安げだった。


 けれど、次の瞬間には表情を切り替え、僕の肩をポンと叩く。


「さ、森川くんも温泉入ってきなよ!」


 そう言い残し、社長は軽やかな足取りで部屋へ戻っていく。


 僕は、その後ろ姿をぼんやりと見送った。


 どうしても、あの木を自分の目で確かめたくなった——。

 


 僕は温泉を後回しにして、ロビーへと向かう。


 案内マップがあるか探したが、それらしいものは見当たらない。仕方なく、カウンターのベルを鳴らし、先ほどの男性を呼び出した。


 すぐに男性が現れ、「いかがいたしましたか?」と丁寧に尋ねてくる。


「さっき、渡り廊下に飾ってあった写真で見たんですが、あの立派な木がある場所はどこですか?」


 男性は、一瞬戸惑ったように目を泳がせた後、口を開いた。


「あの樹は……三年前に雷が落ちて、燃えてしまいました」


「ええ、聞きました。今は焼け跡が残っているとか……それでもいいので、見てみたいんですが」


「そういうことでしたら、簡単な地図をお持ちします」


 そうして教えてもらった場所は、旅館から歩いて50分ほどの山の頂にあるという。


「ただ、往復で二時間ほどかかります。日が暮れると山道は危険ですので、お気をつけください」

 そう言った男性は、一瞬口を閉ざし、ふと窓の外に目をやった。


 まるで何かを確かめるように、じっと遠くの山の方を見つめる。


 ……いや、違う。


 その視線は、まるで“何か”がそこにあるかのように——いや、“何か”が見えているかのようだった。


 気のせいかもしれない。けれど、彼の目はほんのわずかに怯えているようにも見えた。


 「……何か、あるんですか?」


 思わず聞いてしまうと、男性ははっとしたように僕を見た。


 「いえ……」


 彼はゆっくりと首を横に振る。


「お気をつけて」

 それだけを言い残し、カウンターの奥へと引っ込んでいった。


 柱にかかった時計を見ると、ちょうど2時を指していた。


 今から行けば、遅くとも5時前には戻れるだろう。


 僕はもらった地図を手に宿を出た。


 目的の場所へ続く道は、すぐに緩やかな上り坂へと変わった。


「こりゃ、なかなか大変そうだな」


 そう呟き、一歩踏み出したところで——


「森川さん!」


 後ろから名前を呼ぶ声がした。


 振り返ると、ツバサさんとモモちゃんがこちらに向かって歩いてくる。


「神木の跡を見に行くんですよね?」


 息を切らしながら、ツバサさんが話しかけてくる。


「ロビーで話してるのが聞こえちゃって」


 彼女は「ねー」と、手をつないでいるモモちゃんに目をやる。


 モモちゃんも、こくこくと頷いた。


「一緒に行きますか?」


「「はい!」」


 二人の返事はそろっていた。


 ……なんだか可愛い。



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