第103話 お土産買って来るねー
タイショーが会社を出た後、続々と旅行メンバーが集まってきた。
みんなが到着するたびに、梢社長がモモちゃんを紹介する。
「かわいいー! よかったわね、タイショーに似なくて!」
紹介するや否や、詩織さんがモモちゃんに抱きつき、すりすり。
「……」
モモちゃんはされるがまま、ただ首を振るだけだった。
その横で、サブリナが腕を組み、なぜかドヤ顔で言った。
「よし、今日から私の一番弟子にしてやる!」
「えっ?」
突然の宣言にモモちゃんの目が泳ぐ。
そんな様子を横目に、淳史くんが軽く手を上げ歩いて来た。
「こんにちはー! 旅行なんて修学旅行以来っすよ。楽しみです!」
「こっちこそ、ごめんな。急なお誘いになっちゃって」
「全然ですよー!」
満面の笑みで応える彼は、本当にいい青年だ。
そうなんだよね。
梢ラボラトリーの関係者は、身辺がいろいろデリケートだから、普段はあまり旅行に行かないって聞いていた。だからこそ、今回の旅行は案外、みんなのガス抜きになってるのかも……。
そんなことを考えていると、会社のドアが開いた。
「ふわぁ……」
大きなあくびをしながら、オフィーが姿を現す。
いつものスウェット姿。しかも、肩には大剣を担いでいた。
「ちょっと、オフィー。まさかそれ、持ってく気じゃないよな?」
僕がツッコむと、彼女は当然のように言い放つ。
「持ってくに決まってる。旅先で何があるかわからないし」
「いやいや、温泉旅行だぞ!? そんな物騒なもん持ってくなよ。銃刀法違反で捕まるぞ」
「森川、お前は甘いな。だからいつまでたってもヨワッチ呼ばわりされるんだぞ」
——ありがとう。久々にその言葉、聞いたよ。チェッ!
そんなやりとりをしていると、会社からルリアーノさんが出てきた。
「呆れたわ。ほんとに社員旅行に行くつもり?」
開口一番、クレームだった。
「だって、会社にいても意味ないですから! お姉ちゃんがいれば、この会社、なんとでもなるでしょ!」
すねたように答える梢社長。
ルリアーノさんは額に手を当て、ため息をつく。
ちょうどその時——。
「すみません、遅れましたー!」
駆け寄ってくるのは岩田さんとツバサさん。
「よし、全員集合!」
梢社長が勢いよく拳を突き上げる。
「さあ、行きましょう! 社員旅行に! レッツゴーデス!」
僕は運転席につき、他のみんなが次々と車に乗り込む。
「じゃあねー! お土産買ってくるねー!」
梢社長が手を振り、ルリアーノさんに声をかけた。
そして、僕には「早く出て出て!」とせっつく。
慌ててエンジンをかけると、ルリアーノさんが口をパクパクさせたが——お構いなしに車を発進させた。
こうして、二泊三日の社員旅行が始まった。
▽▽▽
最初は乗り慣れない大きな車の運転に気を使ったが、高速に乗ればひたすらアクセルを踏むだけ。
助手席にいた梢社長も、いつの間にか後部座席に移り、詩織さんたちと話に花を咲かせている。
個性バラバラのメンバーでどうなることかと思っていたが、意外にも和気あいあいと盛り上がっている。
それもこれも、梢社長が巧みに会話を回しているおかげだ。
普段のマイペースな様子からは想像もつかないが、こういうときの彼女は本当に優秀なファシリテーターになる。
そんな和やかな空気の中——
「ねえねえ、目的地の温泉のこと調べてたんだけどさー」
今は助手席に座ってタブレットをいじっていたサブリナが、不意に話しかけてきた。
「けっこうクセ強なんだよねー、この温泉」
「クセ? どういう意味?」
「霧影山ってさ、三年前にカルト集団『命約の大樹教』の集団暴行事件が起きた場所なんだよねー」
「マジ? で、その温泉地なの?」
「直接の関係はない……かもだけど、事件が起きたのが、同じ山の中にあった『命約の大樹教』の本部なんだよね」
「……」
「『命約の大樹教』って、霧影山の御神木を崇める宗教団体だったんだけど——ちょっと気にならない?」
「その御神木って今もあるの?」
「今はないよー、三年前に雷で燃えちゃったからねー。それがきっかけで教団内で暴動が起きて、教祖含めて30人以上の信者が死亡。事件になって、最終的には解体されたんだよ」
「……なんか、大樹絡みって聞くと嫌な予感がするな」
「だよねー。でさ、その割引券って、福引で当てたんだよね?」
「そうだけど……まあ、実は当たったのは高級牛肉だったんだよね。それを、欲しがってた人と交換したんだけど」
「そっか……じゃあ、仕組まれたわけじゃないか」
サブリナは腕を組んで考え込む。
あのぽっちゃり夫人が計画的に? いや、そりゃないだろう。
そもそも僕が言い出さなければ、割引券と交換することもなかったんだし。
「まあ、気になるとしたら、こんな季節に割引券まで出してるところだよな」
「あー、それは調べて分かったよ。やっぱ、三年前の事件で客足が遠のいちゃったみたいだね」
「だからかー」
「それにさ、他にもいろいろあるんだよ」
サブリナがタブレットをスワイプしながら続ける。
「このところ、霧影山で行方不明になる人が続出してるんだよね」
「え、それってヤバくない?」
「そうなのよ。しかも、ネットではちょっとしたホラースポット扱いされてるんだよね」
「何それ、幽霊とか?」
「例えば——夜に山道を走ってると白装束の集団に遭遇して殺されるとか、毎夜聞いたこともない獣の叫び声がするとか、目が赤くて血で口を汚した狼の化け物が出るとか……」
「嘘くせー。そもそも、死ぬとか食われるとか、死んでたらネットに書き込めないじゃん」
「まあ、それはこの手の話のあるあるだけどね」
サブリナはタブレットをスワイプしながら、意味深に微笑む。
「しかも、霧影山には古くからの伝説もあるらしいよ」
「学校の怪談的な?」
僕が聞くと、サブリナは鼻でフンと笑った。
「例えば——雪の中で狂い咲く神木の『咲き狂い伝説』、一度入ると二度と出られない『迷宮伝説』、血を求めて夜を彷徨う『魔狼伝説』……」
「魔狼伝説?」
「そう。赤い目の巨大な狼が、闇夜に血を求めて彷徨うっていう話。なんかヤバそうでしょ?」
「いや、正直ありがちな都市伝説って感じ……」
「えー、でも名作ミステリーっぽくない?」
サブリナがいたずらっぽく微笑む。
「まるで霧の中の魔犬事件みたいな!」
「ちょっと待ってね、手毬歌とかがないか調べてるから」
「見立て殺人かよ!」
「あと赤毛の募集とかないか?」
「連盟か!」
「ニコチンを使った……」
「悲劇か!」
「オランウータンの生息分布を……」
「密室!? それ関係ある!?」
「変装の達人が……」
「怪人と対決?」
「星占いと猟奇殺人が」
「名探偵でも呼ぶか?」
「奇妙な建造物で……」
「館か!」
「献身的な容疑者——」
「物理学者!?」
「すべてが——」
「理系かよ!」
「臨床犯罪学者の——」
「フィールドワーク?」
「気になります!」
「古典なのか!」
「見た目は——」
「お前は見た目も大人だな!」
二人同時に息をつく。
サブリナが額の汗を拭う仕草をして、僕も思わず肩をすくめた。
「……やるじゃん、手強いね」
「そっちこそ」
——案外、楽しかった。
サブリナがタブレットを閉じる。ふっと真剣な表情になる。
「でもさ、こういうの、意外とバカにできないよね。迷宮伝説とか、魔狼伝説とか、ただの作り話って言い切れるのかな?」
さっきまでの軽口とは違う、低いトーン。
「……それ、どういう意味?」
「この山で行方不明になった人、この三年で両手じゃ足りないからね?」
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