第102話 モモ
空高く、雲ひとつない青空が広がる。
11月に入ったというのに、寒さは感じず、むしろ心地よいくらいの気温だった。
今日から二泊三日の社員旅行。
──ちなみに決まったのは昨日。
発端は、大樹連の監査が入り、大樹の部屋への立ち入りが禁止されたことだった。
そのため、監査期間中は業務が停止することになり、梢社長が腹を立てて「なら旅行でも行きましょう!」と、ほぼ当てつけのように決定したのがこの旅行だった。
いや、あの人、サバサバしてるようで結構根に持つタイプなんだよな……。
──怒らせると怖いんだよね
とはいえ、決まった以上は従うしかない。朝6時出発ということで、準備も考え20分前には会社に到着した。
すると、意外な人物が待っていた。
「森川くん! 待ってたわよ~!」
そこにいたのは、ピンク亭の店主、タイショーだった。
「どうしたんですか? こんな朝早くに」
「ちょっとねぇ、お願いしたいことがあって」
タイショーは後ろに手を回し、ぐいっと何かを引っ張る。
すると、その影から小さな女の子がひょっこり顔を出した。
年の頃は……五歳くらいだろうか。
小さなツインテールが、ぴょこんと揺れる。
大きな瞳で周囲をきょろきょろと見渡し、どこか不安げだ。
「ほら、モモちゃん。挨拶は?」
タイショーが促すも、女の子は恥ずかしそうに首を横に振り、再びタイショーの背後に隠れてしまう。
「え、タイショーってお子さんいたんですか!? ……というか、既婚者だったんですか?」
驚いて尋ねると、タイショーは「やーねー!」と豪快に笑う。
「この子はね、姪っ子! 妹の娘なのよ。ずっと私が預かってるの」
「へぇ、妹さんは……?」
何気なく尋ねた瞬間、タイショーの表情が一瞬曇る。
「妹はね……モモがまだ小さい頃に、いろいろあって……」
タイショーが珍しく言葉を濁し、目を伏せた。
余計なことを聞いたかもしれない。。
「ご、ごめんなさい……」
僕が慌てて謝ると、タイショーは鼻をすすり、小さく微笑んだ。
「いいのよ。昔のことだしね」
そう言いながら顔を上げる。
「でね、ほら、私って休みなくラーメン作ってるでしょ?」
──休んだらラーメン難民が発生するしな……。
「だから、モモを旅行に連れて行ったことが一度もないのよ。で、もしよかったら、今回の温泉旅行に一緒に連れてってくれないかな~って」
モモちゃんはタイショーの陰に隠れたまま、顔を半分だけ出してこちらをチラチラと伺っている。
「そりゃ、多分大丈夫だと思いますけど……でも、当のモモちゃんが嫌がるんじゃないですか? 知らない大人と一緒に行くのは……」
「大丈夫よ! 本人が行きたいって言ったんだから!」
本当か……?
僕の不安をよそに、タイショーはモモちゃんの肩をグイッと押し出した。
「モモ! このおじさんたちと一緒に旅行に行きたいのよね!」
──おじさんって!!
言葉のダメージを受けつつ、突き出されたモモちゃんを見る。
彼女は目を逸らしながらも、ゆっくりと頷いた。
──なんか言わされてる感あるけど……。
と、僕が困惑していると──
「よーござんしょ!!」
隣から、やたら景気のいい声が響いた。
振り向くと、そこには満面の笑みを浮かべた梢社長が立っていた。
彼女はすっとしゃがみ込み、モモちゃんの目線に合わせる。
「モモちゃん! お姉さんと一緒に温泉旅行に行きたい?」
モモちゃんは、コクコクと首を縦に振る。
それを見て、梢社長は少女の手をそっと取った。
「じゃあ、一緒に行こうか?」
再びコクコクと頷く少女。
「モモはあまり人と会う機会がないから、ちょっと恥ずかしがり屋で無口なのよねー」
タイショーがそう言いながら、優しくモモちゃんの頭を撫でた。
梢社長はスッと立ち上がると、しっかりとモモちゃんの手を握った。
「わかりました! それでは責任をもってお預かりします!」
ドンッと胸を叩く梢社長。
タイショーは嬉しそうに『ありがとー助かるー』と笑い、今度はモモちゃんの目の高さに合わせて腰を折り、優しく語りかけた。
「いい? このお姉さんと……おじさんの言うことを、よーく聞くのよ」
──そこ、お兄さんでよくない!?
なんだか、この子も子供なりに、大人に気を使ってくれてる気がするが……まあ、一緒に行くメンバーも悪い連中じゃないし、なんとかなるだろう。
自分にそう言い聞かせながら、モモちゃんを見つめる。
彼女の背中には、可愛い猫耳のついたリュックがちょこんと乗っていた。
「モモちゃんの荷物って、リュックだけですか?」
「あ、そうそう、一応これも渡しとくね」
タイショーが小さなバッグを差し出してくる。
「これは?」
「着替えとか……あと、クスリも入ってるわね」
「——クスリ?」
思わず聞き返す。
「モモちゃん、何か持病があるんですか?」
「あー、気にしないで。特に病気ってわけじゃないけど、一応、念のためね。この子、自分の事は自分でできるから大丈夫」
タイショーは軽く手を振りながら、モモちゃんの頭をちょんと押す。
すると、モモちゃんはハッとしたようにぺこりと頭を下げた。
「なるほど、じゃあ、お預かりします」
俺はバッグを受け取る。
「よろしく頼んだわよ〜!」
そう言って、タイショーは豪快に笑い、朝焼けの中に消えていった。
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