第101話 ペア……かよ
僕ら梢ラボの面々は、ソファに腰掛け、話し合っていた。
こうして社員だけで打ち合わせするのは、意外と久しぶりな気がする。
……まあ今、ドン殿下はいないけど。
「ホント、お姉ちゃんは勝手なんだから!」
梢社長は完全にお怒りモード全開だ。よっぽど今回の措置が気に入らないらしい。
——気持ちは分かるけどね。
頭ごなしに「あーしろ、こーしろ」と指図されて、いい気がする人なんていない。
それが、相手の思惑が透けて見えるときはなおさらだ。
とはいえ、梢ラボは異世界の大樹連が『異界の管理者』として仕切っている会社だ。日本の法律上は梢社長が会社の責任者とはいえ、実質的には彼らの管理下にある。
だからこそ、なおさら腹が立つ。
「どうせ奴らの言うことを聞くしかないなら、いっそ休みにしちゃおうよー」
サブリナが気楽に笑う。
「ここでウダウダ悩んでも仕方ないじゃん」
「……まあ、そうですね」
僕も同意する。
確かに、どんなに文句を言っても状況は変わらない。なら、割り切って休むのも手だろう。
「でも、なんか納得いかないですよね」
ツバサさんが、ぽつりと呟いた。
「だからと言って、あの人たちにはきっと何もできません。それは、はっきりと分かります。森川さんも、そう思いませんか?」
急に話を振られ、僕は戸惑った。しかし、不思議なことにツバサさんの言葉に妙な説得力を感じる。
——なぜだろう。根拠はないのに、確信めいたものを感じる。
「たぶんですけど……はっきり分かるんです。私たちの大樹は大丈夫だって」
ツバサさんが微笑む。
梢社長は、そんな僕たちの様子をじっと見つめていた。しばらく考え込んだ後、ふっと息を吐き、吹っ切れたように首を横に振る。
「……分かりました。思い切って、五日間休みにしよう!」
——五日間か。
まあ、ふて寝でもしてれば、あっという間だろう。
そんなことを考えていると、思わぬ人物が思わぬ提案をしてきた。
「なら、温泉旅行でも行くか?」
オフィーが、何気なく口にした。
「ほら、福引で当てた割引券があるだろう? いっそのこと、それを使って社員旅行としゃれこむのもいいんじゃないか」
「割引券? 何それ」
梢社長が眉をひそめる。
「さっき福引で当たったんです」
ポケットから券を取り出し、皆に見せる。
「霧影山温泉、二泊三日ペア宿泊の半額券ですね」
「ペア……かよ」
サブリナが僕の手から割引券を取り上げると、そのまま席を立った。どうやら霧影山温泉を調べに行ったようだ。
「社員旅行かー。それも案外いいかもね」
梢社長は頬に手を当て、少し考え込んだ。
「社員旅行なら福利厚生費で落とせますよ」
ツバサさんが即座にアドバイスを入れる。さすが、こういうのには詳しい。
「でも、どうせならツバサちゃんとかも一緒の方が楽しいしねー」
「それでしたら交際費ですね」
事務的に答えるツバサさん。
そこへ、サブリナが割引券をひらひら振りながら戻ってきた。
「電話してみたんだけどさー、今だけ10人以内ならペアじゃなくても適用してくれるって!」
——なに、そのざっくりした割引!?
「温泉地って今、繁忙期じゃないの? それでもいいって?」
「知らないよー。いいって言うんだからいいんじゃん。ま、私の交渉力のおかげもあるけどねー」
サブリナが得意げに胸を張る。
霧影山温泉か……。聞いたことないけど、本当に温泉地なのか?
そんな俺の疑問を察したのか、サブリナが補足する。
「なんか、一軒宿の小さな温泉らしいぞ」
「一軒宿って?」
オフィーが首をかしげると、サブリナが適当な調子で答える。
「そこに宿が一軒しかないってことじゃない?」
「なるほど。食事は出るのか?」
「そりゃ出るでしょ」
「ならばよし!」
オフィーが納得すると、梢社長が勢いよく両手を叩いた。
「よし! せっかくだから行きましょ! 明日から社員旅行!」
——明日から!?
「ウェーイ!」
サブリナが奇声を上げると同時に、予約の電話を入れ始める。
ツバサさんも慌てて携帯を取り出し、どこかへ駆け出した。
梢社長も「いろいろ連絡しなきゃ!」と言い残し、姿を消す。
——こういう時の動き、めちゃくちゃ早いな!
こうして、明日から二泊三日の社員旅行が決定した。
参加者は、社長、オフィー、サブリナ、ツバサさん、そしてなぜか岩田さん。
岩田さんいわく、「ツバサだけ行かせたら、また何が起こるか分からん!」とのこと。たしかに、さもありなん。
さらに、喫茶こかげの詩織さんと淳史くんも加わることになった。
「え、店はどうするの?」
サブリナが電話で確認し、戻ってきた。
「三日くらいなら臨時休業しちゃうってさ」
……自由かよ。
一方、ピンク亭のタイショーも誘ったが、断られてしまった。
「行きたいけどー、うちが休むとラーメン難民が出るから……」
ラーメン難民って……。
最終的に、俺を含め総勢8人が参加することになった。
移動は車ということで、急いでレンタカーを手配し、なんとか10人乗りのワゴンを調達することに成功。
ところがその間に、女性陣から「いろいろ買い出しに行きたい!」との要望が入り、なぜか隣町のホームセンターへ送迎させられることになった。
——なんでホームセンター?
疑問を抱えつつ待っていると、戻ってきた彼女たちは驚くほどの大量の荷物を抱えていた。
「……なあ、これ何買ったの?」
「んー、いろいろ?」と、サブリナが首を傾げる。
「男が女の買い物に口出しするもんじゃないぞ」と、串団子を頬張るオフィー。
——ハイハイ、分かりましたよ。って、レンタカーの中で串団子のタレこぼすなよ!
結局、問い詰める間もなく、買い出しの荷物が次々と詰め込まれ、慌ただしく準備が進んでいった。
そして、集合時間は朝6時に決定した。
——はぁー……朝6時って、早すぎない?
みんな、どんだけ気合入ってるんだよ。
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