第10話 世界樹
「もう察しはついてると思うが、梢ラボラトリーは異世界からきた異世界人によって作られている会社だ」
岩田さんが姿勢を正して組んだ両手をテーブルに置き、話し出した。
詩織さんは黙って空いたカップにハーブティーを注ぎ直す。
「森川君は、あの樹を見たんだよね」
「はい、社屋の中にある樹ですよね」
「そう、あの樹を、あの場所を、守るためにできたのが梢ラボラトリーだ」
「守るためって…あの樹は一体何なんですか?」
「森川君は世界樹とかユグドラジルとか、聞いた事ないか」
「ファンタジーに出てくるやつですか?」
「まあそうだ。神話や伝説、宗教なんかで登場する木だ」
「確か、巨大な樹が宇宙の源とか、世界を支える巨木とか、生命の起源とか……」
「それが本当にあの樹かどうかは私にもわからない。ただ、社長や異世界から来た者たちは、あれを世界樹だと言ってる」
——突拍子もない話。すぐには信じられない。
「あの樹は、昔からあそこにあるんですか?」
岩田さんはカップに口をつけながら答えた。
「そうだな。少なくとも室町時代には記録が残ってる」
「あの樹って、異世界の人が持ち込んだんですか?」
「いや逆だ。あの樹を守るために異世界から人が来たらしい」
「あの樹は異世界から来た?」
「そこはよくわかっていない。もともと異世界には何本か世界樹はあるらしい。何かの拍子に、異世界からこの世界に迷い込んだのかもしれないと言ってる」
——世界樹は一つじゃない?
「そして、世界樹を通せば異世界と行き来することができる」
——異世界と行き来する?
「もとは『梢』って人の家のそばに生えてたらしい。もちろん、今はもうその人もいないがな」
「それで、梢という社名なんですね…。梢社長はその人の子孫ですか?」
「関係ない。梢という人は日本人だったと聞いている。社長は、異世界のエルフだ。戸籍上は、梢さんの子孫ということになっているがな」
すごい話だ。
昨日今日、見てきたことが無ければ、鼻で笑ってしまうだろう。
でも、今ならそれを信じてしまえる自分がいる。
あの樹は異世界から迷い込んだ『世界樹』。
そして、あの『世界樹』は異世界とつながっている。
その樹を守るために、異世界人が日本人のふりをして会社を作り、ここに住んでいる。
にしても、次々出てくる話がぶっ飛びすぎていて、ただ頷くことしかできない。
「信じがたいが、いずれ理解できるだろうさ」
岩田さんは浅く微笑んでカップをすする。
「まあねー、すぐには理解できないよね。こんな話」
詩織さんが肩をすくめて、深々とため息をつく。
「でもさ、働き出せばわかると思うよ、いろいろ不思議なことが起こると思うから……」
「不思議な事?」
「このハーブティーもそうよ。疲労回復や免疫力の向上、リラックス効果もあるの。お客さんにも評判が良くて、これ目当てで遠くから店にやってくる人もいるのよ」
僕はカップの中を見つめ、口に含む。昨日からよく口にする味だ。
そんな様子を見て詩織さんが、アハハと笑う。
「ゲームや漫画みたいにステータスが見えたら効果がわかりやすいんだけどね。健康な人が飲んでもちょっと分かりにくいかな。でも、軽い病気が治ったって人もいるのよ」
「そこらはおいおい分かってくることだ。問題は、世界樹の力に目を付けて狙ってくる輩もいるってことだ」
岩田さんがちょっと僕に受けて身を乗り出す。
「新人社員をなかなか雇えないのには、そういった事情がある。会社の力を利用しようとする者たちが山ほどいるからな」
「それって、会社が狙われてるってことですか?」
「そんなところだ。会社自体は異世界の力で簡単には入れないが、人の出入りを完全に止めるわけにはいかない。社長もそれは望んでいないし、世界樹もな」
「世界樹も…。って世界樹に意志があるんですか?」
「さあな、私には分からん。でも梢さんたちは、そう言ってる」
岩田さんも、詩織さんも、口を閉ざして僕の様子をうかがっている。
「で、一番狙われやすいのが君だ。森川君」
「僕、ですか?」
一瞬、口に入れたハーブティーを吹き出しそうになる。
「君はまだ、会社の事をよく知らない。逆に、会社には全く染まっていない。だからこそ君を取り込もうとする輩が出てくるだろう」
「まさか……」
「まさか‥‥‥と思うか? さっきの話を聞いても?」
確かに、あの会社には異世界とつながる世界樹がある。それに、不思議なパワーだってある。
ハーブティー一つとっても、軽い病気を治してしまえるほど‥‥‥らしい。
「なあ、森川君。この広原町、ちょっと変だと思わないか?」
「変って、何がですか?」
そう返してはみたが、僕だってずっと感じてたんだ…この街のいびつさ。
「まず、終点の駅なのに、駅の周りにビルや建物が多い。店の数だって街の規模から考えると多すぎる。マンションやアパートだってそうだ」
「それは…、終着駅だからこそ便利だとか?」
「まさか! 最寄りの大きな街に出るのに電車を3本乗り継いで1時間以上かかるのに?」
たしかに彼の言う通りだ。アンバランスさは感じていた。
「それに、会社までの道だって、妙に広く整備されている。駅前以外はただっぴろい田園ばかりなのにだ」
彼はじっと僕を見つめていた。
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