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07 夏の思い出

 夕飯が終わったあとスマホを握りしめて考えている。

 今日、一緒にお昼をした。この流れに乗りたい。もっと仲良くなりたい。

 帰りの電車で夏らしいことをしたかった。海が見たかったって話をした。それを口実に一緒に出かけられないかと。デートができないかと考えている。

 でも厚かましくないだろうか。なれなれしくないだろうか。チャンスは逃したくない。でも嫌われるのはもっと嫌だ。

 ドキドキと不安で胸が張り裂けそうになっているけどメッセージを送る。


『こんばんは、今いい?』

『大丈夫です』

『お昼は楽しかったよ』

『俺もです』


 ほんと?


『それで夏休みの話したじゃい』

『はい』

『海に行きたいとか』

『はい』

『まだ暑いから海に行かない?』

『いいですね』

『ほんと?』

『はい』

『じゃぁ都合のつく日ってある?』

『イツキに合わせると日曜しかないですね』


 やっぱり三人だと思ってる?


『イツキは誘ってない』

『それって二人だけで?』

『うん二人で』


 今までスムースにやり取りができていたのに、ここで返事が止まってしまう。

 お願い。いいって言って。


『なんていうかびっくりです』

『そう?』

『はい』

『二人とも夏休みの思い出がないじゃない』

『はい』

『だから二人で出かけられたらなって』

『そうですか』

『ダメ?』

『ダメじゃないです』

『いいの?』

『はい』


 やった。やったよ。デートだよ。デートだよね?

 はっ。まだだ。まだ話をしないと。

 そのあとは興奮を押さえながら、行き先と日程の相談をする。

 コウ君は私の塾に合わせて土曜日に時間が作れないか、アルバイト先に相談してみると言ってくれる。そこまでしてくれんだとうれしくなる。

 行き先は日程が決まってないから、お互い調べて相談しようって話になった。


 デートだよデート。

 二人で相談して、二人で出かける。

 コウ君もいいって言ってくれた。

 デートだよ。

 あっ、どんな恰好がいいだろう。そんないい服もないし……

 結局、出かけることが決まった日は、勉強もせずに寝てしまった。




 次の日は、朝からそわそわドキドキが止まらない。どんな顔をしていいのかわからなかったから。

 駅でコウ君に会う。コウ君は普段通り挨拶をしてくる。

 私も挨拶をするけど、普段通りできてる?硬くなってない?

 昨日は出かけようって連絡をしたけど、今朝はその話に全く触れてくれない。

 わかっている。弟がいるからだって。私だって話しにくい。でも少しくらいはって思う。

 なんだかたった一晩で、前よりずっとコウ君のことが気になってしまっている。


 学校が終わって家で勉強を始める。昨日の分を取り返すつもりで取り組んでいたらコウ君から連絡が来た。

 明後日の土曜日、アルバイトを休ませてもらえることになった。そして行き先はお台場の海浜公園はどうかと聞いてくる。

 もう勉強なんか手につかない。

 それから話を詰めた。

 行き先はコウ君が考えてくれたんなら、どこでもいい。問題ない。

 時間だって夕方の塾に間に合えば早朝からだっていいって思った。

 そして二人で相談して予定が決まった。というか、コウ君の計画を採用しただけだったけど。

 連絡を終えて喜んでいるとふと考えてしまう。

 コウ君はこの、デ、デートに前向きなんじゃないかな。もしかしたら私のことが好きなんじゃないかなと。だったら両想いなんじゃん。うわーってひとりで盛り上がってしまう。

 結局、夕食まで勉強はしなかった。

 さらに、夕食後も服装とか考え出したら、今日も勉強はできなかった。




 明日のお出かけが気になるが、今朝は少しテンションが低い。

 昨日、もしかしたらコウ君も私を好きなんじゃないかと思った。昔一目ぼれしたって聞いてたし。

 でもそうじゃないかもしれないということに気が付いた。

 私が勝手に盛り上がっているだけで、コウ君は友達の姉と、言い換えれば友達と出かけるって程度の考えなのかもしれないと思ったから。

 確かに特別仲がいいわけでも、連絡を密にしていた訳でもない。今週はたまたまノリがよかっただけなのかもしれない。

 コウ君の真意がわからない。

 だからいつもと違った感じでコウ君を見つめてしう。

 コウ君は今朝の登校も普段通りだった。やっぱり友達感覚なのかなと思ってしまう。


 それでも明日は出かけるんだからと放課後、服を買いに来た。どうしても手足の日焼けが気になる。春までとは言え部活でできた日焼けが残っているから。

 普段の制服なら日焼けなんかはさほど気にならないけど、男子と二人で出かけるのに、二の腕の日焼けはなんとかしたい。

 それに少しでもよく見てもらいたい。




 デート当日になっても、ドキドキが止まらない。むしろマックスだ。

 十時の電車で出かけるけど、この暑いさなかに待ち合わせはよくないということで、連絡してから出かけることになっている。

 もちろんコウ君の意見だ。ちなみにコウ君の家には十分で着くらしい。


 スマホが震える。来た。コウ君だ。

 はいはい、待ってました。準備はできてるんですぐ行きますよって感じで家を飛び出す。

 駅に着くとコウ君がいる。いつものように挨拶して、今日も熱いねとか話をして電車を待つ。

 漫画みたいに私の服を褒めてくれるシチュエーションを想像していたけど、そんなことはなかった。せっかく買ってきたんだけどなって心の中でつぶやく。

 電車に乗り込んでからも、自分の脚で海に行くって初めてって、お互いの話が続いた。

 でも途中で会話が途切れてしまった。何か話をしないとと考えながら電車の窓から外を見ていたら、コウ君の方から話しかけてきた。


「先輩の私服姿って初めてみましたけど、普段もそんな感じなんですか?」

「えっ、普段はもっとラフっていうか……変?」

「そんなことないですよ。スラっとしてていいです。それにお腹のリボンも」

「そう?ありがとう」って返事をするのが精いっぱいだった。


 ベタ褒じゃないけど、いいって言われるだけでもうれしい。お腹って言われたけどウエストリボンも気に入ってもらえたようだし。

 正直、昨日服を買う時、自分の好みじゃないものを選んだのは初めてだった。

 昨日買ったワンピースも嫌いじゃないけど、コウ君によく見られたいって、人からの視線を意識して服を選んだのは初めてだった。

 やっぱり男子にはワンピースの方が受けがいいかなって、明るい青のマキシワンピースした。同じ色でちょっと大きめのウエストリボンのついた。そして腕の日焼けが気になるから五分袖を選んだけど折りたたんで肘上まで捲ってある。足元は素足に茶色のサンダル。ストラップ付きの。そして白っぽいキャンパス地のトートバッグを左肩にかけてる。

 派手じゃないけど地味でもない。ありがちな服装かもしれない。でも好かれたい気持ちでいろいろ考えた。

 その結果を褒められたんだから、うれしくて当然。車内のエアコンで涼しいはずなのに、顔が熱くなってくる。


 ようやく海浜公園に着いたけど、もうお昼だからって近くのファストフードで食事を済ます。

 でもこういう時って、彼女がお弁当を作って来るってのが定番なんじゃとか考えてしまい、いつかはしてみたいと心に誓う。

 食後は散策。遊歩道を進んで、テレビ局の銀色の丸いものを見つけると、お互い実物は初めて、この角度はテレビで見たことがあると笑いあう。そのあとも自由の女神は大きいのか小さいのか微妙だねって話もした。

 二人で見て感じたことをその場で語れるのがすごく楽しい。そしてうれしい。だから一緒の写真が撮れたらなって考えてしまう。

 歩き回っていると九月の第一週は暑くて仕方がない。そこにコウ君がショルダーバッグからタオルとウェットティッシュと団扇を取り出した。私もいくつか用意してあったけど、団扇は持って来なかったから、それだけは借りた。

 団扇はちゃんと二つある。暑いのは想像できるけど、私のことまで考えてくれてたんだと思うと、もっとうれしくなる。そしてもっと好きなる。

 そのあとは砂が気になるからビーチには行かなかったものの石が敷き詰められた水辺に行ったり、少し突き出た展望台から海を眺めたりした。

 するとスマホ見たコウ君が、そろそろ帰りませんかと言い出す。私もスマホを見るけど午後二時を過ぎたくらいだ。

 まだ一時間くらいしか周っていないのに……楽しかったのは私だけで、コウ君はつまらなかったんだろうか。だから帰りたいんだろうかと思ってしまう。

 それでももう少し一緒にいたかったから、


「どうしても帰りたい?」

「先輩の予定があるから」

「予定って塾のこと?まだ時間あるよ?六時に間に合えばいいから」

「でもギリギリより余裕があった方がいいし」

「せっかく来たんだし……」

「だったらまた今度来ればいい」

「ほんと?」

「はい」


 また今度一緒に出かけてもいいの?じゃぁ、今日は嫌じゃなかったの?本当に私の時間を気にかけてくれてるの?


「嫌になって帰りたくなったんじゃないの?」

「そんなことないです」

「ほんと?」

「はい」

「私だけが楽しんでなかった?」

「俺も楽しかったですよ」

「わかった」


 本当に私のことを気遣っていることがわかった。だったらコウ君に従う。


「じゃぁ、帰ろう」

「はい」


 そして駅に着くと「砂とか大丈夫です?」かと尋ねられる。

「足の?」

「はい」


 正直、サンダルだから砂が入ってちょっとジャリジャリしていた。


「ちょっとね」

「だったら拭いたらどうです。タオルもあるし」

「いいよ、私もウェットティッシュあるし」


 結局、コウ君からタオルを借りる。

 ホームのベンチに座って足はタオルで、サンダルはウェットティッシュで、それぞれ拭いてきれいにした。

 電車を一本逃して、コウ君を待たせてしまって申し訳なかったけどさっぱりできてうれしかった。それにコウ君の心遣いとやさしさの方がもっとうれしかった。

 当然私が使ったタオルは洗濯をして返すことにした。礼儀として当然だし、乙女としてもそこは譲れなかった。


 途中乗り換えがあったけど、帰りの電車は二人並んで座れた。やっぱり座れるのは楽でいい。

 そのことも二人で話していると「タイマーをセットするから寝てても大丈夫ですよ」とコウ君が言ってきた。

 いやいや、そんなことはできないよと伝えたものの、いつの間にか寝てしまった。


「先輩。先輩、もうすぐですよ」


 コウ君の声で目を覚ます。本当に寝てしまった。

 まずいまずい。初めて二人で出かけたのに寝てしまうなんてあきれられてしまう。

 だから、ごめんねと伝えるだけで顔が見れない。

 少しして駅について電車を降りる。やっぱり外は暑いねと話しながら改札も出る。

 そして今日はありがとう、またねと伝える。

 いつもと同じような挨拶。

 でも、いつもと同じにはなりたくはなかった。


「コウ君。コウスケ君。私、コウスケ君が好きです。私と付き合ってください」


 そもそも今日は告白するつもりはなかった。いつかできたらいいなとは思っていたけど。

 でもコウ君への想いが止まらなかった。

 ダメだったらどうしようとか、後先のことなんか考えられなかった。


 私の告白を聞いたコウ君は、いつも通りだった。うれしそうとか苦しそうとか、特別な感情は感じられなかった。でも、


「よかった」


と、言われた。そして何がと思っていたら、


「俺だけじゃなくて」


 それって、と期待が膨らんでくると、


「俺も先輩が好きです」


 コウ君に好きだと言ってもらえた。うれしいはずなんだけど……なんだか実感できない。ドキドキもしてない。

 信じられない。


「ほんと?」

「はい」

「ほんとに?」

「はい」

「そうなんだ」

「はい」

「ありがとう」

「あの……」

「また夜連絡するね」

「はい」

「じゃぁね」


 コウ君は本当に私のことが好きらしい。





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