05 勉強会
インターハイ予選に破れたら部活は引退だ。あとは受験に向かって勉強するのみ。
でも部活を引退したからこそ、手したものがある。
それはコウ君と一緒の登校。
もう朝練がないから、同じ電車で登校ができる。物理的には同じ電車で一緒に登校している。
しかし会話がない。
接点がないのに何を話したらいい?
そして弟とばかり話をしている。
私も混ざりたい。でもタイミングも掴めない。そうしているうちに学校に着いてしまう。
そんな登校が一緒の登校かと言われたら、やっぱり違うんじゃないかと思う。
そういう毎日を過ごしていたら中間テストが始まり最終日を迎える。
今朝は私たち姉弟だけで話をしている。コウ君はまだ来ていない。早く会いたい。
それにしても、気が付いたら姉弟そろって家を出るようになっていた。小学校以来だ。
駅でコウ君を待っている間に、今日で終わりだけど調子は?普段から勉強したらいいのに。大学はどこを考えてる?まだ?などと弟と話をしていると、挨拶しながらコウ君が現れる。
コウ君は、二人でなんの話をしてると弟に話しかける。
弟はテストの話、姉ちゃんはうるさいんだよと。
それを聞いたコウ君は、勉強を見てもらったりしてる?と話を進める。
弟は首を振っていたが、私は勉強会って手があったかと悔やんだ。
そこに姉弟で勉強を教えてもらうっていいよねとコウ君が言うので、
「じゃぁ、今度勉強会でもする?コウ君も一緒に」と割り込んでしまった。
すると二人の視線が集まる。
しまった。またコウ君呼びしてしまった。
「ごめん、やっぱりなれなれしいよね」
「いや、前にも言ったけど別にいいですよ。呼び捨てだって」
「いやいやいや、いきなり呼び捨てはできないよ。無理っていうか、まだっていうか……」
「そうですか?まぁなんでもいいですけど」
「そ、そうだね。今更だね。よく会ってるのにね」
「えっ、そんなに会ってませんよね?」
「あっ、えっ、えーと、ほら、私三年だから、一年生には全然会わないし。でもコウ君とは朝会うでしょ?」まさか毎日写真を見てるって言えないよね。
「そう言われるとそうかもしれないですね。俺も部活してないから他の三年生は知らないです」
「でしょ?」セーフ。
人心地ついたら弟からの視線に気が付いた。
「なによ?」
「……」
「だからなによ?」
「なんでもいいけど、変ことするなよ」
ギクッ。
「なによ変なことって?」
「言っていいのかよ?」
なになになに、ばれてるの?なんでなんで?
「だからなんのこと言ってっるの?」
「……まぁ、いいわ」
ふう。セーフ。
「なんかあったら親に言うからな」
息を飲んだ。
「コウもだぞ。なんかあったら相談しろ。」
なんでコウ君にそんなこと言うの!
「なんだよ、なんかって」
「なんかはなんかだよ。それに勉強は姉ちゃんが見てくれるって言うし」
「それは悪い気がする……」
「いいんじゃね?姉ちゃんがいいって言ってるし。それにテストは今日までだしな」
「まぁそうだけどな」
「それより電車が来るぜ」
なんとなくまとめた弟のセリフで、三人そろってホームに向かった。
七月になった。もうすぐ待ちに待った期末テストだ。
いや、テスト自体は楽しみじゃない。
でも勉強会を開くチャンスなのだ。もうこれしかないのだ。
でも、どうやって誘う?なんて声をかけたら……
考えた末、夕食中の弟に声をかける。
「イツキ、勉強はどう?」
「ぼちぼち。で、なに?」
「いや、期末も近いから、勉強を見てやってもいいかなって」
「……」
「なに?」
「それは俺のセリフだよ。急になんだよ?」
「だからさ、困ってるんなら勉強会でもどうかなって……」
「……」
「どう?」
「あーそうだなぁ、姉ちゃんが手伝ってくれるんなら助かるなぁ」
「でしょ?」
「じゃぁ食べ終わったら見てくれる?」
「いやいやいや、そんな急じゃなくってもいいよ」
「……」
「なんていうか、勉強会みたいな?そんな感じでどう?」
「……」
「なによ」
「……ああ、そうだな。勉強会がいいな。どうせならコウを呼んでもいいか?」
「い、いいよ。どうせひとりも二人も変わらないしね」
「……」
「だからなによ」
「いや。今日じゃないんだったら、いつがいいんだ?」
「えっ、それは、イツキが彼と相談してよ」
「彼って?」
「コウ君」
「……ああ、わかったよ。相談しておくよ。で姉ちゃんの都合は?」
「私は週末は塾があるじゃない。だから平日の学校が終わったあとからがいいな」
「それで、相談しとくよ」
「頼んだよ」
ほっと胸を撫でおろして食事に手を付けた。
「……面倒くせぇなー」
なんか言った?
結局、コウ君も週末のバイトがあるから、金曜の夕方にファミレスで勉強会をすることになった。
コウ君のバイト先とは違うとこ。
下校も、どうせならって、待ち合わせして一緒に帰った。
でも待ち合わせって身体に悪い。待ってる間ずっと心臓がドキドキする。登校の時とは違う。
コウ君は、結構礼儀正しい。やっぱり中学でサッカー部だったせいか、ちゃんと挨拶してくる。
そして私のことを先輩って呼んでくれる。ただそれだけでも笑顔になる。
三人でファミレスに入ってドリンクバーを頼んで、私が何をするって声をかけて始める。
「やっぱ数学かなぁ。コウは?」
「俺も数学でいいかな」
げっ、数学かぁ。
「数学はさ、受験に関係ないから、あまり勉強してないんだよ。そんなに上手く教えられないかもだけど、いい?」
「お願いします」
「じゃ、とりあえず問題解いて、わかんないとこ聞いてよ」
こうして始まった勉強会はまずまずな感じで終わった。
真面目に取り組んだので問題はなかった。
そして触れ合いもなかった。
もっと気の利いた話ができたらと悔やんでいたら、
「コウ、わかんないとこなかったか?」
「だいたいはわかったけど、あとは家に帰ってみてからかな」
「ほー、だったら姉ちゃんと連絡先の交換しとけば?」
弟から見事なアシストがあった。さすがサッカー部。そしてコウ君の連絡先のゲットした。
最終的に想定以上の成果で勉強会は終わったけど、「よかったろ兄貴」とか訳のわからない話が聞こえてきた。
兄貴?
期末テストの前に勉強会をやって連絡先を得た。その日の夜には、ありがとうございました、頑張ってねって連絡はしあった。
でもそこで連絡は止まった。
どう続けたらよかった?どう再開したらいい?
受験勉強以上の難問を抱えている。
検索すると共通の関心ごとや差しさわりのない会話か始めるといいとかあるけど、そもそもコウ君のことがよくわからない。もっと知りたい。
お互いの共通点と言えば弟だけだ。だからイツキを使って勉強会をした。なら、次は……
そして夏休みが終わる。高校最後の夏休みが。それも何もなく……