第六小節「一歩ずつ」
そんなこんなで、ジャズバンドをやるために動きだした私たちであった。
翌日。
「ねぇ、どうしてもやんなきゃだめ?」
「だめ。ただでさえ時間は限られてるんだから」
レストランの手伝いをしなければならないことに不満を持った瑞佳に私は少し呆れたような口調で言った。
「そんなぁ」
「いいからほら!早く着替えて」
私は瑞佳に制服を投げる。今日もまた、瑞佳との一日が始まる。
瑞佳に店員をさせることになった理由は3つある。
1つ目は
「い、いらっしゃいませぇ…」
「声が小さいよ。もっと大きな声で」
「い、いいいらしゃいませー!!」
発声練習を行わせるため
2つ目は
『これでいくらかかって、これを買うのがいくらで…』
楽器の整備費用をはじめとする費用をバイトで稼ぐため
そして3つ目は
「雪音ちゃん、もしかしてあの子って新しい子?」
「ええそうです。私の昔からの友達でして」
「へぇ可愛い子だね」
お客さん達…特に常連の方に彼女のことを知ってもらうことだ。
私は瑞佳の指導をしていた彩音さんの方に向かった。
「彩音さん、ご指導ありがとうございます」
「いえいえ、これくらい大したことないですよ!」
「そうですか、ならよかったです。で、どうですか。彼女」
「すごく覚えるの早いですよ。まるで、過去にこう言う仕事やったことあるんじゃないか…ってくらい」
「へぇ、そうなんですか」
「瑞佳さんって、先輩のお友達ですよね。もしかしてこういった接客業をやられてた経験とかあるんですか?」
彩音さんに質問される。
「いや、ないですね。そもそも私たちは元々吹奏楽部に入っていたので、バイトする時間なんてありませんでしたから…ただ、もしかしたら当時の経験が、今に活きているのかもしれないですけど」
私は正直に答えた。
「と、言いますと?」
「演奏する時っていかに効率よく練習するか…とか、いかに負荷をかけず楽に良い音を出すか…とか考えるんですよ。そういうのを見つけるためには、かなり頭使いますからね。そうなると、自然とこういった単純作業は楽に覚えられるようになるんですよ」
「あ〜なるほど…勉強になります!」
「いや、別に大したこと言ってないんですけどね」
「いやいや、すごいことですよ。私、憧れちゃいますそういうの」
とてもキラキラした目で言った。あ、そういえば
「ところで、彩音さんって部活ってやってたりとかはしたんですか」
「えーとね…」
「彩音ちゃん、これ持ってって」
「あ、はーい」
彩音さんが答えようとした直後、母が彼女を呼んだ。せっかく彩音さんのことをもっと知るチャンスだったんだけどな…
彩音さんが席に運ぶ食事を持ったまま私の前で止まる
「先輩、さっきの答え、今はまだ内緒です」
そう答えて、私の前を去っていった。
これでまた、私の中の疑問が増えてしまった。本当、世の中は不思議な人ばかりだ。。