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マグリットはいつも通り魔法を使う。
ローガンに魔力の流れを診てもらい、問題なしと言われたのだが……。
「たまに力を使っているのかい?」
「……干物を作るのに少々」
「ヒモノ! 魚の塩漬けしたものを干して保存食にするのに魔法を使うのは君くらいだよ」
「本当は風魔法が使えたら早いんですけど……」
「君の頭の中には料理のことでいっぱいだね」
「魔法のことで常に頭がいっぱいのローガンさんには言われたくありませんから!」
たしかにマグリットとローガンの性格は似ているのかもしれない。
好きなもののことにまっすぐなところが、だ。
「もう魔力も安定してきたから二ヵ月に一度でいいって言いたいけど、ベルファイン国王に僕がお叱りを受けるだろうね。イザックに会えなくなるから」
「なるほど……」
「このことは内緒にしておいてね。イザックに月に一度会えるからベルファイン国王は機嫌がとてもいいんだ。それに王妃陛下もマグリットを着飾ったり買い物を行くのをとても楽しみにしているから……」
「……ですよね」
王妃は娘がいないことを理由にマグリットを娘のように可愛がり始めた。
ベルファイン国王や王妃のためにも、ローガンはこのペースで来てくれるようにマグリットに頼んでいるのだ。
「イザックはマグリットが王都に来なければ、絶対に来ないだろうしね……」
「そうでしょうか?」
「ああ、イザックはマグリットのために動いている。本当に大切にされていると思うよ」
珍しく真面目に語るローガンを見て、マグリットはあることを思っていた。
たまに足元が覚束なくてフラフラしている。
(ローガンさん、やっぱりもう限界なんじゃ……)
眼鏡を手の甲で持ち上げて目の真ん中をつまんでいる。
研究所の職員に呼ばれて向かうが、そこまで行くためにゴツゴツと壁や物にぶつかりまくっていた。
子どもたちはそのことが面白いのかケラケラと明るい笑い声が響く。
そのまま子どもたち突かれ倒れてしまい、のしかかられたり跳ねられたりしながら遊ばれている。
「あの……ローガンさんはあのままで大丈夫ですか?」
マグリットは近くにいた女性魔法研究所の職員に声を掛ける。
一番最初に魔力不足で運ばれた時に対応してくれた女性だ。
ローガンの様子を見て、彼女に問いかける。
「マグリット様、助けてください。所長はもう限界なんです……!」
「……え?」
「私たちが何を言ってもダメなんです。どうすればいいのかわからなくて……! このままだと……っ」
女性魔法研究員はローガンが心配なのだろう。
涙目で縋る様にしてマグリットを見ている。
どうやらローガンはろくに休むこともなく、半年間働き続けているらしい。
魔法研究所の職員たち心配で、幾度となくローガンに休暇を取るように頼んでいるようだ。
話を聞きつけたのか、他の職員たちも集まってくる。
ローガンは子どもたちのおもちゃにされているが、ピクリとも動かない様子を見るに、もしかしたら寝ているのかもしれない。
(ローガンさん、あの状態でよく眠れるわね……)
しかし子どもたちがジャンプしてローガンの体にのしかかったため、強制的に意識が覚醒するということを繰り返している。
「最近、研究所は落ち着いて来たということ?」
「はい。僕たちでなんとかできますから……!」
「このままだと所長が倒れてしまいます。今日、マグリット様とガノングルフ辺境伯に止めていただけないかと思ったんです」
研究所の職員たちはマグリットの手を掴みながら懇願するように頼んでいる。
「俺がどうかしたのか?」
「「ヒッ……!」」
イザックが音もなくマグリットの背後に立っていたことに、研究所の職員が小さな悲鳴をあげた。
「イザックさん、ナイスタイミングです……!」