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フランソワーズは二歳上の姉がいるらしく、公爵家の次男を婿養子に取り、次期メル侯爵として学んでいる最中だそうだ。
となればフランソワーズがあとはどこかに嫁ぐだけ。
マグリットは指導の合間、休憩時間にメル侯爵夫人との会話を思い出す。
『頑ななのよ……誰か想い人がいるのはわかるんだけど、フランソワーズは何も言ってくれなくて』
『そうなんですか?』
『もし他の人と婚約するくらいなら修道院に行くと聞かないの……わたくしたちも幸せな結婚をしてほしいから何度も説得しているんだけどね』
メル侯爵や夫人はフランソワーズの幸せを願っているようだが、なかなか難しいようだ。
今は王太子であるギルバートとの婚約の話も持ち上がっているらしい。
それにメル侯爵たちも手塩にかけたフランソワーズが修道院に行くことは望んでいないらしい。
(淑女としては素晴らしいけど、もう少し愛嬌があったら何も言うことはないって、メル侯爵夫人が言っていたような……)
フランソワーズは氷のように表情が動くことはない。
自分の気持ちを語らないため、理解するのが難しいのだそう。
夫人が素直で明るくおしゃべりなのでフランソワーズとは真逆の性格だ。
マグリットがそう考えていると、フランソワーズと目が合った。
彼女は大きく目を見開いて、薄い唇を開く。
「あなたは……まさか」
フランソワーズはマグリットを見たまま固まっていた。
何を言うわけでもなく、こちらを見つめるだけ。
気まずい雰囲気にマグリットは笑顔を作りながら令嬢らしく挨拶をする。
「ごきげんよう、フランソワーズ様。メル侯爵夫人からいつもお話を聞いております」
「……マグリット様、ごきげんよう」
挨拶をした後、再び二人の間には沈黙が流れる。
こんな時、何を話していいのかマグリットにはわからない。
アデルがよく話していたのは令息や宝石、ドレスや流行りのものだろうか。
前世含めてどれも縁のないものだった。
それにこうなった場合の対処など、マグリットには貴族の令嬢として圧倒的な経験不足だ。
(もう行ってもいいのかしら……それとも話を続けるべき!? ど、どうすればいいのか全然わからないわ。今度メル侯爵夫人に聞かないと!)
マグリットは考えすぎて頭が爆発してしまいそうだった。
フランソワーズに別れの挨拶をしようと口を開こうとした時だった。
「マグリットッ、待ってたよ~~~!」
「リダ公爵、ごきげん……」
マグリットが言う前にローガンはマグリットの肩に手を置いた。
「堅苦しいのは嫌いなんだ。イザックとお揃いで〝ローガンさん〟と、呼んでくれ! 君には特別に名前呼びを許可しているだろう?」
「はぁ…………またイザックさんに怒られますよ」
「アハハッ!」
ローガンはいつもと同じ白衣を着ているが、その白衣はシワが目立つ。
眼鏡はずれていて、いつにも増して髪はボサボサだ。
「ローガンさん、なんだかいつもよりも疲れていませんか?」
「そうなんだよ、多忙すぎてもう僕はダメかもしれないねぇ……公爵邸に戻って溜まった仕事を片付けないといけないんだけど。そろそろ怒られちゃうかもね」
ローガンはいつも通りに見えるが声に元気がない。
笑ってはいるが目の下のクマもひどくて、明らかに疲弊している。
マグリットはローガンがかなり無理をしているのではないかと思った。
「うーん、いい魔力の流れだね。コントロールは大分うまくなったね。えらいえらい」
ローガンがマグリットの頭を子どものように撫でる。
「…………ぁっ」
小さな声が耳に届いた。
マグリットが視線を向けると、そこには大きく目を見開いて小さく震えるフランソワーズの姿があった。