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マグリットは三日ほどかけて王都へと向かう。
そこでいつも通りイザックと共に国王と王妃に挨拶に向かう。
今日はマグリットの前に美青年が立っている。
ライトグリーンの髪にモスグリーンの瞳。
かなり大人びて見えるのはセンターパートの髪型のせいだろうか。
ギロリとマグリットを睨みつける鋭い目。
表情が変わらないところと整った顔立ちはベルファイン国王というよりはイザックを彷彿とさせる。
第一王子でマグリットと同じ年の十七歳、ギルバート・ド・ベルファインである。
ベルファイン国王と同じ風魔法を使うそうだ。
その力はかなりのものだとローガンに聞いたことがあった。
(なんだかギルバート殿下から敵意を感じるような……)
マグリットに向けられる視線は、あまり居心地のいいものではない。
イザックもそれを感じとったのか、マグリットを庇うように背に隠す。
イザックに気遣ってもらったことがわかったマグリットは温かい気持ちになった。
彼はいつもマグリットのために動いてくれていた。
今まで気づかなかっただけなのだが、こうして意識しはじめるとまた違って見える。
ギルバートの顔はイザックに隠れて見えなくなってしまった。
マグリットは『ありがとう』という気持ちを込めてイザックの指を一本だけ握る。
すると驚いたイザックと目が合うが彼は柔らかい表情をマグリットに向けた。
ベルファイン国王は嬉しそうなイザックの様子を見て泣きながら喜んでいる。
ベルファイン国王のイザックへの溺愛っぷりは相変わらずで王妃が止めるまで続いた。
マグリットとイザックは共に謁見の間を出る。
ここでマグリットとイザックは別々に行動することとなる。
イザックは宰相の元へ。
近況の報告や隣国の様子、そして国周辺の地図を見に向かうそうだ。
「地図をもらってくる。海域に気になるものがあるかもしれないからな」
「ありがとうございます、イザックさん」
「ああ、あとローガンに近づき過ぎないように……」
「は、はい!」
イザックの表情がわずかに暗くなる。
マグリットは首を縦に動かして何度も頷いていた。
ローガンに近づきすぎると彼が怒ることはわかっているので気をつけなければならない。
そうして魔法研究所に向かうために、一人で真っ赤な絨毯の上を歩いて行く。
いつものように魔法研究所に向かおうとすると、そこに立ち尽くしている一人の女性の姿があった。
(あれはメル侯爵家のフランソワーズ様? どうしてこんなところに……?)
マグリットはメル侯爵夫人に講師になってもらいながら、少しずつ社交会のマナーを学んでいた。
それは今も継続中だ。
(フランソワーズ様も魔法研究所に用事があるのかしら……)
両親は姉のアデルを完璧な淑女として育てていたが、マグリットは魔法が使えないからと使用人として働いていた。
あの時はまだ自分がこうして貴族の令嬢としてドレスを着て、パーティーに出るようになるとは思わなかったのが今になると懐かしい。
フランソワーズのロイヤルブルーの髪は腰ほどの長さでアクアマリンような瞳の色。
涼やかな目元は色気を感じる。
彼女は氷魔法が使えることや感情が動かないことで、『氷姫』と呼ばれているそうだ。
マグリットはメル侯爵が持っていたロケットペンダントの肖像画を見せてもらっていたため彼女のことを知っていた。
フランソワーズは今、元姉であるアデルと同じ歳でもうすぐ十九歳になると聞いた。
年齢的にはもう婚約者がいてもおかしくない、もしくは結婚していてもいい年頃なのに頑なに婚約者をつくることを拒絶しているらしい。