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マグリットがそう言うと、オリバーはそれは絶対にないと言い切っている。
三人の視線がオリバーに集まった。
ガノングルフ辺境伯領には半分ほどは海、もう半分はメル侯爵領とダルク子爵領に面している。
メル侯爵領は比較的豊かで、ガノングルフ辺境伯領に環境が近い。
しかしダルク子爵領はそこまで豊かとは言えない。
これといった特産物も、目立った事業もない。
鉱山から取れる金も年々と減ってしまい、厳しい状況が続いているそうだ。
もしかしたらダルク子爵領から食べ物を売りに来たのかもしれない。
そんなことがマグリットの頭に過ったのだが、オリバーによるとどうやら違うらしい。
「オリバー、どうしてそう言いきれるの?」
「なんとっ! その子の隣に木のオールが置いてあったんです!」
「そういうことは、もっと早く言いなさいよ!」
自信満々に言ったオリバーだったが、ミアに突っ込まれるように殴られてしまう。
オリバーは痛みから頭を押さえている。
「オールって……つまりその子は海から来たということ?」
「いてて……その可能性は高いと思います。このカゴの他に二つほどしか並んでいませんでしたし、荷物もほとんどありませんでしたから」
マグリットは思わずガノングルフ辺境伯邸の前に広がる海を眺めた。
隣国からオールで漕いでくるのは距離があって不可能。
なら、その子はどこから来たのだろうか。
気になることはたくさんあるが、茶色のカゴを持ち上げたマグリットは海を見つめた。
今からマグリットのやるべきことは決まっている。
「来週の市場に行くまでに情報を集めないとですね……!」
餅という希望と手がかりを手に入れたマグリットはもう止められない。
市場に出ていた人たちに聞き込み調査を行わなければと、気合い十分でブンブンと腕を回していた時だった。
残酷な真実がイザックの口から告げられる。
「マグリット、次の市場の時は王都だぞ?」
「はっ……!」
マグリットは地獄に突き落とされたような気分だった。
折角、お米に一歩近づけたのといいのに、その場所に行くことすらできないという。
ワナワナと震えていた。
「王都……そんなっ、王都に……!」
「お茶会の招待状も届いていただろう?」
「はっ……!」
マグリットの体を引き裂かれるような痛みを感じていた。
下唇を噛んで、潤んだ瞳でイザックを見つめる。
今回ばかりはイザックにどうにかできないことはわかっていた。
けれど、はやる気持ちは足踏みとして現れていく。
その場で足を動かしていると、彼は気まずそうに視線を逸らしてしまう。
「イザックさん……!」
「ローガンとの約束だ。マグリットのためにも必要なことだ。それに市場は毎週あるだろう?」
「……はい」
「大丈夫、きっとまたチャンスはあるさ」
イザックの言う通りだった。
マグリットの魔力は未知なことも多いため、最初は月に一度王都に行くことはローガンとの約束だった。
それにそうでなければガノングルフ辺境伯領に帰ってはいけなかったのだ。
マグリットが反省していると、イザックも悔しそうに手を握り込む。
「それに……できるならば俺もすぐに調査したい」
「……!」
イザックも餅を売っていた謎の子どもがガノングルフ辺境伯領に住んでいるのか、どこにいるのか気になって仕方ないといった様子だ。
マグリットとイザックが暗い顔をしていると、オリバーが声を上げる。
「マグリット様、イザック様、僕たちに任せてください!」
「……え?」
「来週はミアと一緒に市場に行きますから、安心してください!」
「オリバー、それは本当……?」
マグリットは手を合わせてオリバーとミアを見る。
オリバーは自信満々な表情で胸に手を当てていた。
彼の提案にミアは驚いていたものの、マグリットの目を見て困惑しつつも頷いている。
どうやらミアもオリバーに同行してくれるようだ。