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「そうね。そのままで食べてもいいけれど加工したらもっと美味しくなるのに……」
マグリットはこうした食べ方を知らないことがもったいないと感じていた。
食べ方を知れたら、ちゃんと食べることができる。
オリバーもマグリットと同じことを思っていたようだ。
「でもどうしてそのことを説明しなかったんだろう。あの子……」
オリバーも不思議そうにしている。
ずっと無言で値段すら言わなかったというから驚きだ。
「そうよね。食べ方を教えてもらわないとこのままじゃ食べられないわ」
街の市場では会話などから商売をしたり、調理法を教えてもらうことが多い。
コミュニケーション能力がもっとも大切だといえる。
噂や人伝で客が増えていくのだ。
でなければ数ある店の中で選んでもらえない。
そのまま客がつかなければ物が売れないというわけだ。
「オリバー、どんな人が売っていたの?」
「マグリット様よりも背が低くて……」
「なら、子どもかしら。女の子? 男の子?」
「いや……とにかくボロボロの布をかけていて顔も見えなかったからわからなくて」
「……どういうことだ?」
その言葉にイザックが大きく反応する。
マグリットはオリバーと共に今までの経緯を説明していく。
するとイザックはすぐにオリバーの肩を掴んだ。
そして先ほどのマグリットのようにグッと顔を近づける。
「オリバー、ボロボロの体とはどういうことだ?」
「ひっ……!?」
「ガノングルフ辺境伯領に空腹の者がいるということか!? どこから来たと言っていたんだ? 孤児院の者か?」
「えっ、あの……そのっ!」
イザックの質問責めにオリバーはのけぞっている。
彼は自分の領に空腹で生活に困っている人がいることが許せないらしい。
誰一人、不自由な思いはさせたくない。彼の領民思いな気持ちが伝わってくる。
イザックの尋問に耐えられないのか、オリバーはマグリットに訴えかけるように助けを求めている。
マグリットがカチカチの白い塊、餅を手に取ったことでイザックの気が逸れる。
「これはなんていう食べ物なんだ? 市場でも見かけないが……」
「それが一言も喋ってくれなかったんです! ですがマグリット様が〝モチ〟とか〝オカキ〟って言っていましたよね? どうしてこの食べ物の名前を知っているんですか?」
「…………」
オリバーの何気ない一言にマグリットの肩が大きく跳ねる。
今更、前世の記憶を思い出したとも言えない。
それに本当はどう呼ばれているか名前を聞いていないため、マグリットもなんて言えばいいかわからずに口ごもる。
「それは……なんとなく、そう呼ぼうって思っただけですから!」
「「「…………」」」
三人からの視線が痛いが、マグリットは話を整理するために口を開く。
「ゴホン……ねぇオリバー! 市場でこれを買った時のことを詳しく教えて!」
オリバーが買ったのは街で週に一度だけ開かれる市場だそうだ。
醤油の代わりになるものを必死に探していたオリバーは、あまりにも売れ残っていたため可哀想で一つ買った。
値段を聞いても、これは何かを聞いても何も答えなかったそうだ。
売っていた子はマグリットよりも少し小さいくらいで男か女かはわからないそうだ。
身なりはボロボロの布を羽織るように被っていたということだけ。
すべてが覆い隠されていてはっきりと見えなかったらしい。
「市場に出ていた商人に聞き回ってみるしかないな……」
「イザックさん、その子はどこからきたのでしょうね」
マグリットとイザックは顎に手を当てて考え込んでいた。
「隣の領から、来ていることは……?」
「それは絶対にないと思います!」