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マグリットが気合いを入れている時だった。
ふと、目元に柔らかい感触がして目を見開く。
彼はマグリットの腫れた瞼に口付けたようだ。
マグリットが視線を向けるとイザックと唇が触れそうな距離まで近づいている。
「……っ!」
「…………」
そのままイザックと軽く唇が触れた。
心臓がドキドキして、どうにかなってしまいそうだった。
繋いだ手のひら、絡み合った指が熱を持つ。
エメラルドグリーンの瞳がマグリットを映し出している。
なぜ突然、キスをされたのかわからないままマグリットは翻弄されていた。
もう一度だけ啄むようなキスをしたイザックの体がスッと離れてしまう。
髪で彼がどんな表情をしているのかがわからない。
ただ耳まで赤くなったことに気がついて、マグリットはイザックに思わず抱きついた。
(イザックさんの心臓の音……ここまで聞こえてくる)
ふと、何故キスされたのかが気になり問いかける。
「ど、どうしていきなりキスを……?」
「どうにかしてマグリットを慰めたいと思った。体が勝手に動いたんだ」
「……!」
呟くように言ったイザックの言葉にじんわりと心が温まっていく。
恥ずかしいけれど彼の気持ちが嬉しくて仕方ないのだ。
「……すまない」
「い、いえ……! おかげで驚いて涙も止まりました」
「そ、そうか……」
マグリットが謝罪したイザックを庇うようにそう言うと、彼の手のひらがマグリットの頬に添えられる。
「頬が赤くなってしまったな」
「……はい」
優しく頬を撫でる指。
マグリットもイザックの手のひらに添えるようにして自らの手を重ね合わせた。
二人で見つめ合っていると、ドタドタと慌ただしい音がこちらに近づいてくる。
そのままノックの音が聞こえて、返事をする間もなく勢いよく扉が開く。
「──申し訳ござい゛ま゛ぜん゛でしたあぁあぁっ!」
床に頭を擦りつけるような形でスライディングしてくるオリバー。
その顔は涙と鼻水で濡れてマグリットよりひどい。
そしてオリバーを追いかけてきたのか、肩を揺らすミアの姿があった。
ミアはイザックとマグリットの体勢や手の位置から何かを察したのだろう。
徐々に青ざめていく顔。
オリバーの服を引っ張るものの、彼は周りがまったく見えていないようで土下座をし続けている。
ミアは顔を真っ赤にしながらオリバーの服を引っ張りながらゲシゲシと体を足蹴りしている。
さすがにやり過ぎかと思いきや、オリバーもまったく動じない。
「オ、オリバー……もう大丈夫だから落ち着いて」
「僕はこ○▼Xにゃ…っ、△*●せんからぁ……っ!」
「「……」」
オリバーが何を言っているのかまったくわからない。
イザックと共に涙と鼻水で水溜りを作っているオリバーを見つめながら、自分も先ほどまでそうだったのか、と思っていた時だった。
「オリバーッ! アンタいい加減にしなさいよ……! おばあちゃんたちになんて説明するのよっ」
「いだっ、痛っ……!」
怒りが沸点に達したのか珍しく声を荒げて、ブチ切れているミア。
ミアの靴がミシミシとオリバーの体に食い込んでいく。
マグリットはイザックのそばを離れて、ミアを止めに入る。
「ミアも落ち着いて……!」
マグリットの声で我に返ったのか、ミアは小刻みに震えながらオリバーの隣で這いつくばるようにして頭を下げた。
同じ格好をしているオリバーとミア。
こんな時、性格が違っても二人が双子なのだと思う。
「マグリット様、申し訳ありませんでした……!」
「オリバーとミアも顔をあげてちょうだい」
「……まぐりっX●△*ぁ、ご+*○ざぃっ」
「申し訳ありません……」
マグリットはハンカチでミアの目元に滲んでいる涙を拭った。
オリバーは誰かに殴られたのかと思うほどに目元が腫れているため、顔を洗うように促す。