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* * *



目が覚めると見覚えのある天井が目に入る。


(醤油がぁ……醤油、醤油がない世界なんて……!)


マグリットは先ほど起きた出来事を鮮明に覚えていた。

両方の手のひらで顔を覆う。



「ノオォーーーーーー……!」



牛の鳴き声のような声が部屋に響く。

そういえば魔力切れになった時、マグリットは魔法研究所で目を覚ましたことがある。

その時もマグリットの周りを回っていた味噌や醤油が ひっくり返る夢を見たことがあった。

その時に心底、安心したことをよく覚えている。


もしかして醤油はまだ生きているかもしれない……そう思ったマグリットは呟くように言った。



「今のは……夢?」


「……マグリット」



名前を呼ばれて振り向くと、そこには心配そうにこちらを見るイザックの姿があった。

マグリットは体を起こして、いつものようにイザックに声を掛ける。



「イザックさん……? おはようございます」


「……マグリット」


「今日、醤油がひっくり返るって夢を見たんですよ。オリバーがカビが生えているからって勘違いしてしまって……! 正夢になったら嫌なので、ちゃんと説明しておかないとですね」


「…………」


「イザックさん……?」



イザックの難しい表情にマグリットは嫌な予感をひしひしと感じていた。

マグリットは今起こったことは夢ではなく、現実なのだと理解してしまう。


(やっぱり……醤油はなくなってしまったんだわ)


堪えてはいるがポロポロと涙を流すマグリットを見て、イザックが抱きしめてくれた。

『また作ればいい』と言わないのは、醤油が長い期間をかけなければ作れないことを知っているからだろう。


マグリットを優しく抱きしめるイザックは何も言わずに黙っていた。

けれど今はそれがありがたい。

マグリットはイザックの胸を借りながら、しばらく気持ちを吐き出すように泣いていた。


あと数カ月で醤油が完成というところで、失ってしまった。

この喪失感は耐え難いものだ。


どのくらい時間が経ったのだろうか、マグリットはゆっくりと顔を上げる。

イザックのシャツは鼻水と涙だらけだ。

マグリットはしゃっくりをしつつ、自らを落ち着かせようと深呼吸を繰り返す。

きっと今、マグリットはものすごく不細工な顔をしているだろう。



「もう……大丈夫です。落ち着きました」


「…………そうか」



イザックの包容力にいつも助けられている。

マグリットは大きく息を吐き出してから、いつものようにニッコリと笑う。



「イザック様、ありがとうございます」


「……!」


「これ以上、ミアとオリバーに心配かけられませんから」



イザックはそう言うと、マグリットの言いたいことを理解してくれたのだろう。


「無理はしなくていい。今日はゆっくりと休んだらどうだ?」

そう、優しく声をかけてくれた。

マグリットは首を横に振る。

動いていなければ、醤油のことを考えてしまう。


それにオリバーに詳しく醤油のことを説明しなかったマグリットも悪い。

オリバーはマグリットを悲しませまいと善意でやってくれたのだ。

彼を一方的に責めることなどできはしない。

純粋な彼のことだ。

今頃、ミアにこっぴどく怒られて落ち込んでいることだろう。


シシーとマイケルの孫、ミアとオリバーは二卵性の双子だ。

二人は顔も似ていないし、正反対の性格をしている。

ミアはかなりのしっかり者。几帳面で仕事を完璧にこなしている。


オリバーは真逆で大らかでいつもニコニコ笑っている。

街の人たちともすぐに打ち解けて、孤児院の子どもたちにも大人気だ。

だがしかし……彼は天然で抜けている。

たまに大きなことをやらかしてしまうが故に、ミアに気をつけるように言われていた。


しかしマグリットがこのまま落ち込んでいたら、オリバーまで落ち込み続けてしまう。

マグリットは気合いを入れるために頬を叩いた。

目は真っ赤に腫れてはいるが、これはどうにもならないだろう。


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― 新着の感想 ―
いやいやいやいやアウトですよ ギルティですよ なんの確認もせず廃棄した時点でダメダメですよ
辛い!とりあえずオリバーのことなんて気にしなくて良いよ!数日間ゆっくりとイザックに甘えて甘えて甘えなよ!イザック包容力半端ない!素敵! オリバーはミアに繰り返し叱られているのに同様の失敗を繰り返すなら…
主人の物を確認も無しに捨てる使用人なんてありえない……。 長い時間がかかっていただけに不憫でならない。
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