78
──コワーココココッ
雄鶏のコケコッコーという元気な声ではないがニワトリが鳴く声が聞こえた。
マグリットはスキップをしつつ、ある場所に急ぐ。
「庭山さん、おはよう!」
声をかけると、再びコワッーという元気な鳴き声を上げる。
真っ白な羽と控えめなとさか。
毎日、新鮮な卵を産んでくれるのだが、今日も寝床にはツヤツヤな卵が一つ。
「庭山さん、今日も卵をもらってくね」
マグリットが卵を手に取ると、庭山さんは早くエサを寄越せと言わんばかりに足をつついている。
「あたたっ、痛っ! すぐにご飯を用意するから待っててね」
マグリットがエサを用意すると、頭を前に振りながらゆっくりとこちらに歩いてくる。
歩き方が可愛らしくずっと見ていられるのだ。
(庭山さん、今日も可愛いなぁ……)
庭山さんがエサに夢中なうちに、艶やかな美しい羽を撫でようとすると容赦なくつつかれてしまう。
こうして毎朝、世話をしているのにと唇を尖らせる。
マグリットを警戒しつつも庭山さんはエサを食べていた。
その様子を眺めていると……。
「マグリット、やはりここにいたか」
「イザックさん!」
イザックがニワトリ小屋に現れると、庭山さんの態度が急変する。
『コッコッコッ……!』
庭山さんはエサ箱から離れると、すぐにイザックの元へ。
可愛らしい声を出しながらイザックの周りを機嫌よく回っている。
それから体をスリスリと擦り寄せているではないか。
イザックはそんな庭山さんを見て困惑しているようだ。
「……庭山さん!?」
マグリットはそんな光景を見て、口元を押さえながらショックを受けていた。
庭山さんは大好きなエサよりイザックを選んだ。
こちらを向いた庭山さんが勝ち誇ったように笑った気がした。
いつも世話をしているマグリットよりも彼の方が好きなのだろう。
(庭山さんは、やっぱりイザックさんのことを……っ!)
マグリットも庭山さんに負けじとイザックに抱きついた。
庭山さんも負けじと羽根をバタバタさせてアピールしている。
最近、庭山さんとはライバルだ。
ニワトリとマグリットに挟まれたイザックはどうすべきか迷っているらしい。
「イザックさんは、わたしの婚約者だから渡しません!」
「……マグリット」
『コケッコ、コッコォー!』
「に、庭山さんのことは好きですけど、イザックさんは別ですから!」
『コッコッ、コケーッ!』
「気持ちはわかりますけど……ですが、それとこれとは別です!」
「…………」
イザックの服をギュッと掴みながら庭山さんと言い争っていると、彼は不思議そうにマグリットに問いかける。
「マグリットはニワトリの言葉がわかるのか?」
「いいえ、わからないです! ですが、なんとなくそんな感じかなぁ……と!」
「…………そうか」
イザックは微妙な顔をしながらも納得したように頷いた。
「それよりもイザックさんはニワトリにもモテるなんてすごいですね」
「俺はマグリットに……いや、なんでもない」
「……?」
何かを言いたげに口を開いたが、すぐに閉じてしまう。
「それよりも誕生日プレゼントがニワトリで本当によかったのか?」
「はい! 新鮮な卵が毎日食べられて幸せです」
マグリットが興奮しながらそう言うと、イザックも嬉しそうに笑みを浮かべている。
「それにニワトリ小屋まで用意してもらったので、わたしは大満足です!」
ニワトリの庭山さんはマグリットの十七歳になった時の誕生日プレゼントだった。
マグリットはイザックに何が欲しいか問われた時に『ニワトリ』が欲しいと答えたのだった。
本来ならば、マグリットくらいの年頃では宝石やドレスを欲しがるだろう。
しかしマグリットはニワトリをもらう方がずっと嬉しかった。
(卵はどんな料理にだって使えるもの……! 日本食にも欠かせないわ)
庭山さんと名付けたのは、前世の定食屋で卵を仕入れていた養鶏場の庭山さんに似ていたからだ。
一カ月前に開かれたマグリットの誕生日会は新しく完成したガノングルフ辺境伯邸で開かれた。