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(信じられないっ!)
マグリットを悪役に仕立て上げようとしているらしい。
周囲にいる貴族たちはネファーシャル子爵の言葉を聞いてザワザワと騒ぎ出す。
「本当なのか?」「何故そんなことを?」「駆け落ちしたはずでは?」
マグリットが今まで社交界に出ていなかったこともあり、嫌な形で話は広がりを見せつつある。
しかしマグリットを悪く言った途端にイザックの表情が途端に険しくなった。
「何を勘違いしているんだ?」
「え……?」
「俺が愛しているのはマグリット、ただ一人だけだ」
「……ッ!」
イザックは周囲に聞こえるようにわざと大きな声を出しているのだろう。
貴族たちはイザックとネファーシャル子爵たちを交互に見て困惑している。
マグリットはイザックの突然の告白に目を見開いた。
(イザックさんは今……わたしを愛してるって言ったの?)
意味を理解した瞬間、顔に熱が集まり心臓が忙しく音を立てていく。
しかしマグリットを守るためにそう言ってくれているのだと自分を必死に納得させていた。
もしイザックに愛されているのなら……そう思うと嬉しくてたまらない。
イザックは眉根を寄せてからネファーシャル子爵に問いかけるように口を開いた。
「今更、このようなことをしても無駄だとわからないのか?」
「な、何故我々を信じてくれないのですか!?アデルこそ、イザック様に相応しいというのにっ」
ネファーシャル子爵は引き下がるつもりはないようだ。
イザックがここまで言っているのに納得しようとしない。
焦った表情を見るに納得したくないと言うべきだろうか。
「そうか。ならアデル嬢、もう一度結界魔法を見せてくれ」
「は、はいっ!もちろんですわ」
そう言うとアデルは得意顔で自分の前に結界魔法を出した。
先ほどよりも大きな結界を張っているからか額には汗が滲んでいる。
するとイザックがアデルの前に手を伸ばした。
結界魔法に確かめるように触れていく。
(イザックさん、何をするつもりなのかしら)
マグリットがそう思った瞬間、イザックの手から放たれた魔法でアデルの薄透明の結界はすさまじい勢いで腐敗して溶けていく。
「──ヒィッ!?」
アデルは引き攣った悲鳴を上げて、イザックから距離を取る。
自分の結界が目の前で溶けていく様に怯えているようだ。
それからイザックがアデルに向かって再び手を伸ばす。
アデルはイザックが自分に触れると思ったのだろう。
後ろに下がろうとして足でドレスの裾を踏んでしまい尻餅をつく。
腕を振り回してから「キャアアアッ!」と大声で叫びながら這うようにして後ろに下がる。
ガクガクと震えるアデルのそばにネファーシャル子爵たちが駆け寄った。
アデルを抱きしめたネファーシャル子爵と夫人も間近でイザックの力を見て驚いて戸惑っているようだ。
「い、いやっ、触らないで!わたしの結界魔法がぁ」
「……」
「怖いっ……!わたくしに触らないでよ!化け物っ」
イザックはそんな三人を冷たく見下ろしていた。
シンと静まり返る会場にアデルが怯えながらイザックを咎める声だけが響いていた。
(こんなことを公の場で言うなんて信じられない……!)
先ほどまで何事もなくイザックと話していた周囲の貴族たちも腐敗魔法の力を間近で見て恐れているのか一歩、また一歩と後退していく。
マグリットは裏切られたような気分になった。
(こんなことって……)
イザックの気持ちを考えると胸が痛い。
しかしアデルを納得させるためにあえてそうしたのだろう。
(イザックさんはわたしが守らないと!)
マグリットはその場に流れる空気を変えるためにイザックが先ほど魔法を使った手を見せつけるように指を絡めて握った。
イザックがマグリットの行動を見て目を見開いている。
マグリットはイザックが人を傷つけるために力を使ったことがないことを知っている。
それにイザックは力を怖がってしまうだろうといつも周囲を気遣っていた。