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そしてマグリットがイザックに声を掛けようとした時だった。
(イザックさん……怒っているの?)
難しい表情で手紙を見るイザックにマグリットは言葉を掛けることができなかった。
イザックの足元からは魔法の力が漏れ出ているのか周囲にある草木が枯れている。
(これが腐敗魔法と呼ばれる力なのね……こんなに怒っているイザックさんは初めて見たわ)
震える手で手紙を持つイザックはマグリットに気づいたのかこちらを振り向くとすぐに手紙を背に隠してしまった。
「マグリット……?」
そして自分の足元の状況に気がついたのだろう。
大きなため息を吐いたイザックは悔しげに唇を噛んだ。
手紙を持っている反対側の手で髪をかいたイザックはマグリットの元へ。
しかしその距離は離れており、いつもよりも遠く感じた。
マグリットは表情が強張っているイザックに声を掛けた。
「イザックさん、大丈夫ですか?」
「……すまない」
「その手紙は?」
イザックの感情を揺さぶるような内容が書かれていたのだろうか。
真っ白な封筒は強く握られて歪んでいる。
「手紙の返信はすぐに書かれますか?」
「……そうさせてもらっていいだろうか」
「はい、もちろんです」
「マグリットは先に買い物をしていてくれ」
「わかりました」
最近、街の人たちと打ち解けてからいつも街に行くのを楽しみにしていたイザックだが、今は買い物どころではないのだろう。
イザックは早足で屋敷の中に向かった。
(大丈夫かな……?)
イザックを心配しつつ、マグリットは一人で街に向かう。
思い悩んでいたイザックが喜びそうなものと日本食に使えそうな新たな食材を探していた。
最近は味噌や醤油作りのために屋敷に篭りきりだったことを思い出す。
太陽がいつもより眩しく感じた。
街の人たちは珍しく一人でいるマグリットに次々と声をかける。
「マグリットちゃん、今日は一人かい?」
「ガノングルフ辺境伯は一緒じゃないの?」
「はい。急ぎの用事があるみたいです」
「そうか……それは残念だ」
「マグリットちゃん、これを領主様に届けてちょうだい」
「コレもお願いね!」
イザックの整った見た目が露わになってから街の女性やおばさまたちに大人気だ。
マグリットは街にこうして一人で出るのは初めてだと気づく。
(いつも街に行く時はイザックさんと一緒だから……)
楽しいはずの食材探しも買い物も、イザックが隣にいないと何故か味気ない。
ネファーシャル子爵家でも一人で買い物をするのは当たり前だったのに不思議な気分だ。
広場にいた子どもたちもマグリットの姿を見て駆け寄ってくる。
「領主様はどこ?」
「領主様、どこにいるの?」
「今日は忙しいみたいなの」
えー、という残念そうな声が耳に届いた。
マグリットは先ほど買った飴を子どもたちに配っていく。
子どもたちは飴を口に含むと笑顔で走り去っていった。
結局、イザックと合流できないままマグリットは屋敷に戻るために歩き出す。
前が見えないほどの大量の食材を持ちながらフラフラと屋敷に帰る途中、ふと持っていた荷物が軽くなる。
隙間から顔を出すとそこにはオリーブベージュの髪が見えた。
「イザックさん……?」
「マグリット、大丈夫か?遅くなってすまない」
「大丈夫です。皆さん、イザックさんに会いたがっていましたよ」
「……そうか」
いつも通りのイザックに戻ったことに安心していた。
イザックはマグリットが持っている荷物を次々に手に取っていく。
手紙を書き終わったのか聞こうと唇を開くが、もしかしたら気に障ってしまうかもと口を閉じる。
「手紙の件はすまなかった」
「え……?」
「見苦しいところを見せてしまった」
「いえ、大丈夫です」