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マグリットが涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながらもお礼を言うとイザックは柔らかく微笑んだ後にマグリットの頭をそっと撫でた。
潤んだ瞳でイザックを見上げるマグリットを見て、そっと視線を逸らしたイザックの頬はほんのりと赤く染まる。
マグリットは涙で視界が歪んでいて、そんなイザックの表情も見えることはないのだが。
落ちついた後、興奮冷めやらぬマグリットはイザックの手を掴んで自らの頬にそっと寄せる。
「この手は神の手ですね!」
「…………っ!?」
「イザックさん、本当にありがとうございますっ」
マグリットがスリスリとイザックの手のひらに擦り寄っていると勢いよく引かれるイザックの腕。
不快だったかもしれないとイザックにやってしまったことを思い返していた。
マグリットからサッと熱が引いていき、すぐに冷静さを取り戻す。
「も、申し訳ありません!嬉しさのあまり、つい……!」
「……いや」
イザックが頬を赤らめているのを見ていたシシーとマイケルが彼を応援しているとも知らずにマグリットは俯きながら反省していた。
(興奮しすぎないように気をつけなくちゃ……でも嬉しすぎるっ)
マグリットは内心、麦麹ができたことに大喜びしていた。
次の日、マグリットは自分が働いた対価としてもらった給金で買った豆や塩、バケツなどをテーブルに並べていた。
(準備できたわ……!はじめましょう)
マグリットはこの街で大豆に似ている豆を見つけていた。
これは輸入したものらしく、なかなか手に入らない珍しいものだと言っていたので麦のように何度も失敗することはできない。
豆を洗い水につけて煮る。
煮た豆を潰してから麹と塩を混ぜて、混ぜた豆を団子状にしてバケツのような容器に詰めてから庭で見つけた大きな石を運んで重石を置いていく。
一仕事を終えて汗を拭ったマグリットにイザックは珈琲を淹れてくれた。
部屋に漂う香ばしい香りにマグリットはホッと息を吐き出してからカップを受け取り苦みのある液体を口に含む。
「これがマグリットが作りたかった調味料なのか?随分と手が込んでいるようだが」
イザックの視線はマグリットが作った味噌へと送られている。
「はい、そうです。今の季節だと順調にいけば三から五ヶ月後に完成すると思います」
「……っ!?」
イザックは珈琲を吹き出しそうになっているのか口を押さえながら目を見開いている。
そして咳き込んだ後にマグリットの言葉を復唱するように「三から五ヶ月後、だと!?」と言った。
マグリットは頷きながら、味噌の入ったバケツを見つめていた。
(やっとここまで辿り着いたのね……!)
何よりイザックが種麹を作る力加減を覚えたと言ってくれたので次から種麹を量産できると思うと更にワクワクする。
(次は米に代わるものが欲しいわ……!絶対に諦めたくない。まだまだ作りたいものがたくさんあるもの。それにこのまま醤油の下ごしらえもしないと)
今はまだ味噌の仕込みが終わったばかりだが、醤油を一から作るのはもっと時間がかかる。
(醤油を仕込むには今の時期がぴったりだわ!すぐに動かないと)
醤油も一緒に作ろうと決意したマグリットはシシーを手伝って屋敷の仕事を終わらせた後に醤油の元となる醤油麹を作るために動き出す。
豆と小麦を蒸したり炒ったりして醤油麹を三日かけて作った後に塩水と混ぜ合わせる。
その間、イザックの気遣いでマグリットは休みをもらっていた。
今日はシシーに仕事を代わってもらい、イザックと久しぶりに街に行く約束をしていた。
しかし屋敷を探してもイザックの姿がない。
庭仕事をしていたマイケルが「早馬が届いたので手紙をその場で読んでいるのでは?」と教えてくれた。
木に囲まれている小道を抜けていくと使っていない馬車が置いてある開けた場所と馬小屋がある。
マイケルの言う通りイザックはその場に立っていた。