42.ネファーシャル子爵side7
一週間後──。
ガノングルフ辺境伯から手紙が戻ってきた。
シンプルな封筒を開いて急いで紙を取り出す。
そこにはまさかの返信が書かれていた。
それはアデルではなく身代わりのマグリットを追々、妻にするつもりだという返事だった。
それとガノングルフ辺境伯はネファーシャル子爵家でマグリットが受けた扱いを知り、怒りを露わにしているではないか。
これ以上、マグリットを苦しめようとするならば許さない、そんな内容の手紙が届いたことに驚愕していた。
(マグリットめ……!余計なことを言うなとあれほど言ったのにっ)
手紙を思いきりテーブルに叩きつけた。
荒く息を吐き出しながら「こんなことはありえない、ありえるわけがないっ!」と自分に言い聞かせるように叫んだ。
(アデルよりマグリットの方がいいだと!?我々がアデルにどれだけ金と時間をかけたと思っているんだ……!)
珍しい魔法を使い金をかけて美しく完璧な令嬢として育てたアデルよりも、使用人として育てたマグリットの方がいいだなんてありえない。
そう思うのと同時に自分たちもマグリットを心の底から欲しているという事実を手紙と共に握りつぶした。
(マグリットはこれからもネファーシャル子爵家で暮らさなければならない。アデルはガノングルフ辺境伯に嫁ぎ、役目を果たさなければ……!ネファーシャル子爵家の名誉のためにもっ)
頭の中は金と名誉のことばかりでいっぱいだった。
こんな惨めな貧乏暮らしはもうたくさんだ。
雨続きのためカビ臭いシーツを畳みながら妻が絡まった髪を結い直している。
黒く汚れはじめ、屋敷の雨漏りもひどい。
見栄を張り、建て替えた豪華な屋敷が仇になってしまう。
自分たちでやれることはやってはいるが、これでは理想の生活とは程遠い。
(ガノングルフ辺境伯はまだアデルと会っていない。アデルの美しさや力を知れば考えが変わるはずだ)
こうなったら強行手段を取るしかないと思っていた。
妻とアデルを呼んで考えを話していく。
「アデル、ガノングルフ辺境伯に会いにいくぞ!」
「ガノングルフ辺境伯から手紙の返事がきたの!?」
「ああ、ガノングルフ辺境伯はマグリットが気に入っているようだが、それはまだアデルの魅力を知らないからだ。だからアデルから会いに行き、この美貌と力を見せつけてやればアデルを選ぶに違いないっ」
「お父様、さすがだわ!」
喜ぶアデルとは違い、手紙を見た妻は心配そうに表情を曇らせた。
しかし「今までアデルのために我々がどれだけ金と時間をかけたか思い出してみろ!絶対に大丈夫だ」と言うと、もう後戻りはできないとわかったのか力強く頷いた。
その数日後、ガノングルフ辺境伯邸に向かう日。
いつまで経っても準備が終わらないことを不思議に思い、アデルの部屋に向かった。
「アデル、まだ準備が終わらないのか?」
「待って、お父様!もう少しで入るから」
「入るから?」
疑問に思いアデルの部屋の扉を開ける。
ベッドの上にはアデルがお気に入りのドレスが積み上がっている。
そして無理矢理ドレスに足を突っ込みながら引き上げる姿。
妻は顔を真っ赤にしながらアデルにドレスを着せようとしている。
どうやら今まで着ていたドレスが入らなくなってしまい着られないようだ。
それを見て思い当たる節があった。
下を見るとパツパツで今にも破れそうなズボンが目に入る。
不味くても食べなければと新しい料理人の贅沢な料理ばかり食べていたせいか服が窮屈だと感じていた。
ここ最近、ストレスと現実逃避のため過食やベッタリと甘いクッキーやマドレーヌをアデルと食べていたせいか太ってしまったようだ。
妻は逆に食欲がなくなり痩せ細ってしまう。ガサガサの唇や肌、痩けた頬を見ると胸が痛む。
苦しそうに顔を青くするアデルに無理矢理ドレスを着せてから、ガノングルフ辺境伯に渡す豪華なプレゼントを持ち、なんとか外へ。
この日のために雇った御者と乗り心地は最悪だが見てくれだけは豪華な馬車に乗り込んだ。
(……必ずすべてを取り戻してやる!)