40.ネファーシャル子爵side5
アデルが帰ってきて一カ月、マグリットを身代わりに嫁がせて一カ月半が経とうとしていた。
絶望に苛まれているうちに追い討ちをかけるように王家から封筒が届いた。
ゆっくりと王家の紋章が押された蝋を剥がしていく。
高級感のある紙を開くとそこにはガノングルフ辺境伯の元にアデルではなくマグリットが嫁いでいたことがバレていた。
いつかは必ずバレると思っていたが、まさかこのタイミングだと思わずに手紙を持つ手が震え出す。
何も知らせずにマグリットを嫁がせたことで王命に反してしまい、ベルファイン国王の期待を裏切ってしまった。
今になってその重さを感じていた。
予想外なことにガノングルフ辺境伯がマグリットを気に入ったため、この件は水に流すと書かれている。
首がつながったとホッと息を吐き出した。
しかし二度はないと書かれている。
どうやらマグリットは予想に反してガノングルフ辺境伯邸でうまくやったらしい。
ずっと残りカスと言って雑に扱ってきたマグリットにネファーシャル子爵家は救われたのだ。
ホッとしたのも束の間、久しぶりに社交界に出てみるとネファーシャル子爵家の噂が面白おかしく広がっていた。
それはいい噂でない。
アデルが王命に従わずにオーウェンと駆け落ちして逃げ帰ってきたことや、ネファーシャル子爵家の侍女や料理人の扱いのひどさ。
恐らくネファーシャル子爵家をやめていった侍女や料理人たちが言いふらしたのだろう。
今までで一番最悪の労働環境だと言われているようだ。
そしてアデルと駆け落ちしたオーウェンも当てつけのようにアデルの悪い噂を流しているようだ。
宝石を売って生計を立て直そうとしていることも、領民が徴収する税が高くなりすぎたことで大きく反発していること。
雨がまったくやまなくなったことを理由に領地から出て行ってしまったことすら広まっていた。
アデルが顔を真っ赤にして泣き出してしまったことで逃げるように会場を後にする。
一気に追い詰められていく感覚。ここが現実かどうかを疑ってしまうほどだった。
(このまま我々はどうなってしまうんだ……!)
そんな恐怖が頭を支配する。
階段をゴロゴロと転がっていくように、あの日を境に下へ下へと落ちていく。
ネファーシャル子爵邸に帰る間、放心状態だった。
アデルの喚き声だけが馬車に響いている。
屋敷に帰ると賃金と仕事が見合わないという理由でまた一人侍女がやめてしまう。
出されたマズイ料理は昨日と似たようなメニューだ。
食材を贅沢に使い手間暇をかけたと言っているが何故か食べる気が起きなかった。
(おかしいだろう!?アデルが生まれてから何もかも順調だったのに)
今日もネファーシャル子爵領には、しとしとと嫌な雨が降り続いている。
この空を見ていると昔の頃の記憶を思い出す。
自分が子供の頃も父と母は雨に苦しめられて、いつもイライラしており喧嘩ばかりしていた。
他の貴族たちの前では豪華に着飾り、余裕あるように振る舞っているが、屋敷内では使用人もおらず自分たちで家事をする惨めな生活を送っていた。
『子爵』でいられたのが奇跡だろう。
それを自分の代で子爵家の名誉を取り戻せたことを誇りに思っていた。
(どうにかして元に戻さなければ……!このままだとまたあの時のように惨めな思いをして暮らさなければならなくなってしまう)
苛立ちをぶつけるようにテーブルを叩いた。
親戚に金を借りながら使用人を雇うのはもう限界だと思った。
すぐにアデルに新しい婚約の申し出がくると思っていたが、社交界であんな噂が広まっているのなら誰からも連絡がくるはずない。
嫁ぎ先が見つからないどころか腫れ物扱い。
マグリットの扱いがバレてないだけ、まだマシだと考えるべきだろうか。
魔法研究所からも暫く来なくていいと声がかかる。
マグリットを身代わりとして嫁がせて王家に嘘をついたことが尾を引いているのかもしれない。