33
しかしマグリットはシシーの話を聞きながらガクガクと震えが止まらなくなった。
もしマグリットがイザックを使用人として接していたことがベルファイン国王にバレたらどうなるか。
考えただけで恐ろしいではないか。
「国王陛下の代わりに私たちが様子を見にきたのですが、まさかマグリット様とこんなにうまくいっていたなんて嬉しい知らせができそうでシシーは感動で涙が出そうですわ」
「わ、わたしはイザック様のことをずっと使用人だと思って接してきたんです……国王陛下にこのことが伝わったらと思うと震えが止まりません」
「社交界に出たこともなくイザック様のお顔も知らないのも仕方ありませんわ。マグリット様はネファーシャル子爵家でひどい扱いを受けてきたんですから」
「……シシーさん」
「国王陛下もこの状況を聞いて安心してマグリット様に感謝すると思いますよ。それにイザック様の変化を知れば間違いなくお喜びになります」
シシーはそう言って笑った。
どうやらマグリットの首と体は繋がったままでいられるようだ。
「それにしてもマグリット様はすごいですね。屋敷が見違えるようです。驚きですわ」
「ネファーシャル子爵家ではずっと使用人として働いたので慣れたものです」
「料理まで一人でされていたなんて……信じられません」
朝から晩まで働き通しだったが、ここにきてからは自主的に動いていたし、ネファーシャル子爵たちに『アデルの残りカス』だと罵られて怒られることもない。
三人の顔色を窺わなくていいし、イザックと楽しく過ごしながらガノングルフ辺境伯に会えるのを待っていたので苦痛は一切感じなかった。
「ネファーシャル子爵家には何かしらの処罰が下されるでしょうね」
「え……?」
「結果的にはマグリット様が来てくださりよかったとはいえ、本来ならば王家を欺くなど許されることではありませんから」
「そうなのですね」
イザックが書類は提出していないから知らないだけで、ネファーシャル子爵たちが王命に背いたと取られてもおかしくないそうだ。
あんなに取り乱していたネファーシャル子爵たちも結局、ベルファイン国王にこのことがバレてしまえば狼狽えることになる。
アデルがネファーシャル子爵家に戻ってきたのかは知らないが、シシーたちからこのことが伝わってしまえば絶望の日を過ごすのだろうか。
そう思うと少しだけ胸がスッとする。
「それにマグリット様は魔法研究所に行かなければならなかった。その辺りも言及されるでしょうね」
(魔法研究所……アデルお姉様がよく行っていた場所だわ)
何故、マグリットが魔法研究所に行かなければならないのか……その理由もわからないまま首を傾げているとシシーは部屋を見回しながらあることを口にする。
「マグリット様はイザック様の腐敗魔法の力を求めていたそうですが……」
「はい。わたしはガノングルフ辺境伯……イザックさんの力を借りてある調味料を作ってみたかったんです。だからここに身を置かせていただきガノングルフ辺境伯と会えるのを心待ちにしていたのです」
「腐敗魔法が調味料に……?マグリット様はすごいことを考えるのですね」
「そのために今まで料理を研究してきましたから!」
マグリットはボロボロになったノートを取り出してシシーに見せた。
数冊のノートの中には忙しい合間を縫って、この世界の食べ物を日本食に近づけるためのレシピが大量に書かれている。
「素敵ですわね。私も微力ながら手伝わせていただきます」
「シシーさん、ありがとうございます!」
マグリットはシシーの前に置いてあるカップが空になっていることに気がついて、おかわりのお茶を淹れるために立ち上がる。