26.ネファーシャル子爵side3
そのまま屋敷の中に入るが、アデルに真っ先にタオルを持ってきてくれるレイの姿を探す。
呼べば言う通りに動くマグリットの姿もない。
屋敷の中は薄暗く汚れてひどい有様だった。
雨の中に出てアデルを出迎えるべきではなかったと後悔するほどに。
自分たちでモタモタと着替えている我々の姿を見てアデルは驚きつつもすぐにこう言った。
「ねぇ、レイはどこ?」
「レイは……アデルが出て行ってすぐに侍女をやめたんだ」
「そんな!嘘でしょう!?」
レイが出て行ったという言葉にアデルは瞳を潤ませている。
ネファーシャル子爵邸でアデルにつきっきりだったレイがいなくなったことが寂しいのだろう。
目に涙を溜めて悲しんでいるがもうレイはこの屋敷にいない。
アデルのために呼び戻したくても、レイがどこに行ったのか把握していない。
彼女はアデルがいないのならと置き手紙を残してさっさと出て行ってしまったからだ。
「だったらあのカスに……マグリットに布を持ってこさせればいいじゃない!」
アデルのその言葉に濡れて張り付いた髪を上げながら答える。
「マグリットもいない」
「なんで!?なんでよっ、意味わからないっ!」
ふと何故こんな思いをしなければならないのか……すべてアデルが大人しく嫁がなかったせいなのだと怒りをぶつけたくなった。
(お前が駆け落ちなどしなければネファーシャル子爵家は今頃安泰で、金もたんまりと手に入れられたはずなのにっ)
悔しさから唇を噛んだ。
しかしそんなこちらの気持ちを踏み躙るようにアデルは「寒い、お腹が空いた!お父様、お母様、早くどうにかしてよぉ」と泣きじゃくっている。
妻はアデルを宥めてはいるが、いい加減にしろといいたくなる気持ちを押さえてくしゃくしゃになった布を持ってくる。
久しぶりに帰ってきたアデルはすっかりと薄汚れて、服も髪もぐちゃぐちゃだった。
どうやらオーウェンとの生活はアデルにとっていいものではなかったらしい。
タイミング悪く、新しく雇った侍女も三日も経たないうちに仕事が多すぎると嘆いてやめてしまう。
自分たちでやらなければならない屈辱の日々に必死で耐えていたが、それも限界を迎えようとしていた。
モタモタと髪を拭いて着替えすらやっとのアデルに最近、淹れるのを覚えた紅茶を渡す。
苦いのか不満そうに顔を歪めたアデルから話を聞いていく。
「アデル、何があったのか説明してくれ」
「もうっ、オーウェンってばひどいのよ!?わたくしを幸せにしてくれるって約束したのに裏切るんだもの!」
「……」
「わたくしが何もできないからって別れるって……こんなのひどいっ!信じてたのにっ」
オーウェンの裏切りに涙するアデル。
鼻を啜りながら「ひどいわ」と涙をながす。
アデルの勝手な行動のせいでネファーシャル子爵家は大きな被害を受けた。
先ほどまでアデルを慰めていた妻も、さすがに怒りを露わにしている。
「アデル、お前が勝手に出ていったせいでこちらは大変だったんだぞ……!」
「何故、約束を破ったの?あなたは納得したと言ったわよね!?」
「あんな恐ろしい辺境伯に嫁げって言うお父様とお母様の方がひどいじゃないっ!わたくしは悪くないわっ!わたくしの気持ちを考えてくれないお父様とお母様が悪いのよ」
アデルの発言に言葉が出なかった。
やはり初めからガノングルフ辺境伯の元に嫁ぐつもりはなかったようだ。
「アデル、お前が王命に逆らったせいでこんなことになっているだぞ!?」
「王命なんて関係ないわ!お父様とお母様はわたくしが可愛くないの!?」
「……っ、そういうことではない!アデルが嫁がなかったせいでマグリットを嫁がせることになったんだ」
するとアデルは反省するどころかニタリと唇を歪めた。