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ラフは『ありがとう』と、言ってマグリットを抱きしめる。
マグリットもラフの頭を撫でて、今日は彼らと別れることとなった。
島民たちとラフはマグリットたちが見えなくなるまで、手を振って送り出してくれた。
ローガンはというと再び船酔いをして苦しんでいた。
彼は「もう二度と船には乗らないから……!」と叫ぶ。
怒涛の一日を過ごしていたマグリットはイザックと共にガノングルフ辺境伯領の港に到着する。
(今日はいい日だったわ……!)
すっかり暗くなってしまったが、オリバーの火魔法がふよふよ浮いているのが遠くから見えた。
港ではオリバーとミアが待っていてくれた。
オリバーは抜け殻のようになっているローガンを肩に乗せて引き摺りながら屋敷まで運んでいく。
辺境伯邸に到着したイザックは、ローガンがこのままの状態で明日王都に帰れるか心配していた。
マグリットも彼が素直に馬車に乗るとは思えない。絶対に抵抗するだろう。
ローガンは屍のようにソファに寝転んで唸り続けていた。
マグリットはラフたちにお土産でもらった干し餅を使い、夕飯の準備を行っていた。
イザックも珍しく疲れているのか眉間を押さえている。
ミアとオリバーによると、あんなに慌てて焦っているイザックの姿は初めて見たらしい。
感情が昂りすぎたためか、地図の端が所々溶けている。
これも腐敗魔法の影響だろうか。
しかしマグリットだけは誰よりも元気だった。
鼻歌を唄いながら料理を作る。
もちろん頭の中は米のことでいっぱいだった。
(来年にはこのテーブルにご飯がここに並ぶのかしら……! それまでに効率よく精米できる方法を探さないと。あとお米が炊きやすいお釜のような鍋を作ってもらわなくちゃ!)
もし白米が手に入ったら……そのことを考えていたずっとニヤニヤしていたマグリットはミアとオリバーに不審がられていた。
だけどそんなことも気にならない。
真っ白でふっくら艶々としたご飯のためならばなんだってできる気がしたからだ。
夕飯が出来上がり、マグリットは改めて島民たちとの出来事を話す。
ローガンは気分が悪いからと部屋の端の方でスープを啜りながら耳を傾けている。
イザックとミア、オリバーはマグリットの行動に驚きっぱなしだ。
「そんな状況でよくオコメを優先したな……」
「でもお米があるなんて夢にも思わなかったんですものっ! あの島に自生していたということは、もしかしたらこの世界では食べ物だと気がつかなくてもどこかには生えているのかも。それから長の息子にもち米のところに案内してもらったんです。黄金色の穂が風に靡いていて……ここは天国なのかと思いました! その後うるち米の稲のところまで案内してもらったら、白米ではなく玄米で食べていたことがわかったんです。精米しないと真っ白なお米はできないので、美味しくはなかっただろうなーと! 独特な風味が食べ物だと思えなかったんでしょうね。ですがマツシタさんが美味しいお米を島民たちに食べさせてくれていて本当によかったなぁ、と思いました!」
「「「「…………」」」」
お米への熱い想いが止まらない。
ミアもオリバーもイザックもマグリットの勢いに引いている。
そのことに気づかないマグリットはうっとりとしながらお米のことを考えていた。
「いや……もう何から突っ込んでいけばいいかわからない」
奇跡的な巡り合わせに感謝していると、なんだか複雑そうな表情で三人はこちらを見ていることに気がつく。
「どうかしましたか?」
「マグリット様の言っていることが知らない呪文のように聞こえます」
ミアが申し訳なさそうに言っている。
「呪文……?」
「マグリット様が何を言っているか半分以上、わからなくて……」
どうやらオリバーも同じらしい。