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するとラフの背後にいた島民たちも、それを聞いてマグリットに頭を下げている。
『わたしたち、助けてください、お願いします!』
『お願いします……! マグリット様』
『どんなことでもする! お願いだ』
『マグリット様、欲しいものあげる。協力、ほしい!』
三十人くらいいるだろうか。
彼らの切実な思いが伝わってくるような気がした。
どうやらマグリットに通訳をしてもらい、ガノングルフ辺境伯領の市場で物を売りたい。
餅を売ったお金で新しい作物を買って育てたいのだそうだ。
それほどまでに言葉の壁は大きいのだろう。
彼らには元々言葉を使っての会話はなく、声の高さやニュアンスで意思疎通をしていたのだそうだ。
それがここまでの生活レベルと言葉を理解するようになった。
その日本語を島民たちに教えた松下さんのコミュニケーション能力が素晴らしい。
島民たちが豊かに暮らすためには色々なものが必要なのかもしれない。
マグリットはすぐに頷いてあげたかったが『どんなことでもする』『欲しいものをあげる』という言葉が頭を駆け巡っていた。
(もしかして……これはうるち米を育ててもらうチャンスなのでは!?)
日が落ちていき、空はオレンジ色に染まっていく。
波の音がザーザーとマグリットの耳に届く。
暗闇の中で舟を漕ぐのは危険なので、今日はここに滞在するべきだろうか。
イザックたちも心配しているだろうが、この状況ならば仕方ない。
それに松下さんのことや、餅のアレンジなどまだまだ話したいことはたくさんある。
(今日はここに置いてもらって、明日に帰りましょう……!)
マグリットはそのことを提案するために口を開こうとした時だった。
「──マグリットッ!」
「え……?」
「ここにいるのか? いるなら返事をしてくれ……!」
遠くから聞こえるイザックの声。
気のせいかもしれないと思ったマグリットだったが、どんどんとこちらに声が近づいてくるではないか。
マグリットは海の方に顔を向けると、そこにはよく海岸に停まっている漁船があった。
島から出たことがない島民たちにとっては未知のものに見えたのだろう。
こちらに飛んでくる大きな船に『敵だ!』『襲われるぞ!』と、そこら中から悲鳴が上がっている。
イザックが船から飛び降りるようにして着地する。
船の上から降りたローガンは気持ち悪そうに口元を押さえており、フラフラと歩いていき、膝から崩れ落ちていくのが見えた。
マグリットが目を丸くしていると、イザックは怒りに満ちた表情でこちらに近づいてくる。
そしてマグリットを連れ去ったラフを鋭く睨みつけた。
「イザックさん……!」
「マグリットをこちらに渡せ」
ラフもあまりの恐怖からかマグリットの後ろに隠れて震え上がっている。
マグリットはイザックに落ち着くように声を張り上げる。
「わたしは大丈夫です……! イザックさん、落ち着いてください」
「…………!」
マグリットの後ろに隠れて震えている島民たちを守るように腕を広げた。
するとラフの育ての親である長だけは、木の杖をつきながら、マグリットの隣に堂々と立っている。
『ラフ、ワシの子ども。マグリット様、ここに連れてきた。責任、ワシにある』
『じいちゃん……!』
「…………」
長は頭を下げているが、イザックの表情は険しいままだ。
その理由は簡単だ。
(わかってはいたけれど、イザックさんには長やラフたちの言葉が通じないのよね……!)
強面のイザックは目を細めて、島民たちを見ている。
彼は何を言っているのか、聞き取ろうとしているのだろうか。
しかし島民たちにとってはイザックが威嚇していると思っているらしい。
背後から啜り泣く声がマグリットの耳に届く。
(このままだとよくないわ。誤解を解かないと……!)
ここはマグリットの出番だろうと前に出る。