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マグリットは震える手で穂を撫でた。
しかし手入れがされていないからか、先ほどのもち米よりも元気がない。
むしろ萎れているように見えた。
『マツシタ、これが本当に美味しい、言った。だけど茶色、苦い、パサパサ! 食べられない。マズイ』
『もしかしてそのまま食べたんですか!?』
『ああ、マツシタ。作ってくれた。白、艶々、ふっくらご飯。食べられなかった』
『あれ、餅と違う。美味しい!』
男性とラフはうるち米を使って食べたお米のことを思い出しているのだろう。
どうやらマツシタは、精米をしてご飯を炊いたのだろう。
しかし彼らはそのまま炊いてしまったのだ。
(つまり精米する前の米、玄米を食べてまずいって判断したからこうなってしまったのね)
この広い土地は、元々うるち米が栽培されていたのだろう。
だけど玄米が美味しくないため、誰も育てなくなってしまったのかもしれない。
(もち米とうるち米を離して育てたり精米できたりするところを見ると、松下さんはお米の知識があったんじゃないかしら……)
だが、うるち米が存在していたことがマグリットにとっては奇跡ではないだろうか。
存在していれば育てることができるからだ。
(神様、松下さん……ありがとう! 本当にありがとうっ)
マグリットがうるち米の前で祈っているのを見て、ラフたちは不思議そうにしている。
「これをどうにかして持ち帰れないのかしら。それともここで育ててもらうように、イザックさんに…………あっ、大変! イザックさんたちのこと忘れていたわ」
マグリットはイザックとローガンのことを思い出す。
ラフに攫われるような形になってしまったのを見て、彼らはどう思ったのだろうか。
(わたしは無事だって、今すぐ知らせないと……!)
マグリットは米に夢中になりすぎて、大切なことを忘れていた。
反省しつつ、すぐに戻らなければと動き出す。
『ラフ、わたしは一度戻らないと……! 心配している人がいるの』
『マグリット、家族……! ごめんなさい』
それにはラフも申し訳なさそうにしている。
ラフもマグリットをここに連れてくることに一生懸命で今の状況がよくないことに気がついてくれたらしい。
『ごめんなさい。マグリット、すぐ戻す! 船、行こう』
『ラフ、ありがとう』
慌ててマグリットの服の端を引っ張っている。
リーダーの男性は『とりあえずは長のところに戻ろう』と、言った。
マグリットとラフは頷いて、彼の後をついていく。
野菜や果物などはなく、本当に質素な暮らしをしているのだと思った。
マグリットが戻ってくると、先ほどよりも島民が増えている。
どうやら稲を見に行っている間にマグリットの話を聞きつけたのだろうか。
何も言わなくても期待のこもった視線を感じていた。
ラフは長にマグリットを攫うような形で無理やり連れてきたことを話しているようだ。
だがガノングルフ辺境伯領に一旦、帰らなければならない。
島民たちは不安そうにしている。
島から出てしまえば帰ってこないと思われているのかもしれない。
本音を言ってしまえばマグリットだって、ここに滞在したい。
けれどイザックとローガン、ミアやオリバーを心配させたままではいけないことだけはわかる。
(ここに味噌や調味料をを持ってきてあげたい! 美味しくお餅を食べる方法を知ってほしい……醤油があったらもっとよかったのに)
そんなことを考えている時だった。
『マグリット、オレたちに教えて……! お願いだっ! お餅、たくさんある。みんな、困ってる』
ラフはマグリットの手のひらを握り、縋るようにこちらを見つめている。
小さな手のひらはゴツゴツとしていて固い。
オールで毎週船を漕いでいるせいなのかもしれない。
『オレ、あそこで餅、売りたい! みんなのために』