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マグリットは軽々と少年に抱えられて、押し込まれるようにして小舟に乗る。
素早い身のこなしに驚きつつも、マグリットはバランスをとろうと手足をバタつかせる。
マグリットの手が当たったのか、ローブがハラリと落ちて、男の子の顔が露わになる。
少し焼けた肌に端正な顔立ち。年齢は十歳前後だろうか。
大きな波に揺られてマグリットの体が後ろへ倒れてしまう。
上半身を起こすと、そこはもう海の上だ。
グラグラと揺れる船の端にしがみついていた?
(いつの間にか海の上に……!?)
少年は急いでいるのかオールを一生懸命、動かしている。
遠くにイザックとローガンの姿が見えた。
マグリットが手を伸ばすが大きく揺れる小舟に落ちないようにしがみつくことしかできない。
イザックもローガンもマグリットを追いかけるためか、周りに船がないかと探しているようだ。
さすがに二人の魔法ではどうすることもできないのだろう。
イザックの腐敗魔法を使えばマグリットたちは海に落ちてしまう。
ローガンの魔法でどうにかすることはできない。
こんな時に水魔法が使えるミアは屋敷にいる。
ただマグリットが遠のいていくのを見るしかないようだ。
マグリットも小舟にしがみつきながら少年に声をかける。
『どこにいくの……!?』
『オレが住んでいるところだ。会わせたい人がいる』
『……会わせたい人?』
少年との会話はいまいち噛み合わない。
マグリットはまだ少年の名前すら知らないことに気づく。
『まずはあなたの名前を教えてくれる?』
『オレは……ラフだ』
『ラフ……?』
マグリットが繰り返すように言うと彼は頷いた。
波に揺られているせいか、バランスがとることが難しい。
よくこの上に立っていられるなと思いつつ、邪魔をしないように黙っていた。
どのくらいの時間が経過しただろうか。
ふと体が慣れてきた時に顔を上げてみると、どこまでも広い海に感動していた。
船に乗っていて視線が低いからか、海をより近くに感じる。
(すごい……とても綺麗!)
マグリットが圧巻の景色に感動していると、前に小さな島が見えてくる。
その島を見て、マグリットはイザックに見せてもらった地図を思い出していた。
一応はガノングルフ辺境伯領ではあるが、無人島だと言っていた。
地図で見た通り、その島に向かっているのだろうか。
こじんまりとした小さな島。
慣れた様子で、小舟をつけた少年はロープで結んでいた。
ボロボロのローブを外して、餅が入った茶色のカゴを運んでいく。
『こっち、ついて来て……!』
ラフに言われるまま、ゴツゴツとした小石が敷き詰められている海岸を上がっていく。
ひんやりとした空気と肌寒さに腕を擦る。
マグリットは辺りを見渡してみると、明らかに人が暮らしている形跡があるではないか。
言われるがままついていくと、そこには信じられない光景が広がっていた。
(これって……もしかして稲?)
マグリットの前には黄金色の稲が干されているのが見えた。
ラフに呼ばれて、足を進めていくと無数の視線を感じていた。
そしてラフと同じようにこんがりとした肌にライトブラウンの髪。
瞳の色はまばらだが、肌や髪の色は同じ。
家というよりは木を組み立てたような家が何軒も連なっていて、裕福な暮らしをしているようには見えない。
島についた瞬間から、しとしとと降っていた雨は止んでいた。