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マグリットは朝から気合い十分だった。
何故ならば今日は念願の市場に行く日だったからだ。
もしかしたら餅の真相に迫れるかもしれない、稲があるかもしれないと、期待で胸を膨らませていく。
(今日、稲を育てているかさえ聞けたら……!)
ミアとオリバーは顔を見られてしまえば逃げられるかもしれないため、今度はマグリットが一人が市場に行くことになった。
イザックとローガンは、そんなマグリットの様子を遠くから眺めて観察するという作戦だ。
マグリットは街娘の格好に着替えてカゴを持つ。
しかし先ほどまで晴れていたのに市場の時間が近づくにつれて空は暗くなっていく。
(朝はあんなに晴れていたのに……やっぱりこの時間だけ小雨が降るなんておかしいわ)
マグリットは傘をさしながら市場へと向かう。
その後ろからは同じく街に溶け込めるように変装したイザックとローガンの姿。
ローガンは興味を引かれるとすぐにどこかに行ってしまうため、その度にイザックに連れ戻されていた。
彼がここに来てもう一週間だ。
ほとんど研究所から出ない生活だったローガン。
こうして外に出てみると新しい発見があるからと、朝から陽が沈むまで街の散策を楽しみ、飽きたら釣りに行ったりと忙しく動き回っていた。
それにローガンは口がうまいということもあり、すぐに溶け込んでいた。
『いやぁ……息抜きって最高だね』
そう言ったローガンの両手には街の人たちからのもらったであろう差し入れを大量に持っていた。
新しい味に新しい景色は脳にとっても刺激的だと街に繰り出しては領民と交流を深めている。
昨日、魔法研究所からは早馬が届いた。
ローガンが滞在日数を伸ばしたことに関係があるのだろう。
しかしその手紙を読んだ後に、そっと封筒に仕舞い込み、何事もなかったようにローガンは釣りをするための準備を進めていく。
さすがにそれはまずいとイザックがローガンの許可を取り、手紙を開けるとそこには『早く帰ってきてください!』という悲痛な叫びが書き綴られていた。
(ローガンさん、帰る気はないのね……)
彼は完全に休息モード。自由を満喫している。
今日の調査を終えたら馬車で王都に帰らなければならない。
しかし彼は逃げ回る気満々のようだ。
今朝も朝食を食べながら「僕はずっとここで暮らす!」と宣言しながらイザックに怒られていたことを思い出す。
雨ではあるが市場は活気づいていた。
「やだやだ、また今日も雨だよ」
「市場の時は毎回だ。勘弁してほしいわ」
簡易的なテントの下でそんな会話が聞こえた。
市場に出ている人がそう言うのだから間違いない。
もしかしたらこの中に雨を降らせる魔法を使える人がいるのかもしれないと思いつつ、マグリットはオリバーとミアに聞いていた場所に早足で向かう。
市場の一番端っこ、少し離れた場所に佇むボロボロのローブ。
茶色のカゴは一つだけ。
そこには肩ほどのダークグレーの髪、中性的な顔立ちと小さな体が丸まっている。
(見つけた……! ミアが説明してくれた通りだわ)
マグリットは後ろでイザックとローガンの姿を確認する。
彼らが頷いたのを見てから、マグリットはその子の前に座り込む。
逃げられてもすぐに追いかけられるように体制を整えてから笑顔を浮かべつつ唇を開く。
「こんにちは」
「……!」
そう話しかけると、ローブが大きく揺れた。
確認するようにマグリットの顔を見るとミアから聞いた通り黒色の大きな瞳。
ダークグレーの髪と瞳を見て、思ったことはただ一つ。
(日本人みたい……そんなわけないわよね)