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「フ、フランソワーズ様、落ち着いてください!」
「ふぅ……すっ、ぐっ……!」
落ち着こうと深呼吸しているだけなのだろうが、その顔がホラー映画に出てきそうなほどに恐ろしい。
マグリットはローガンに聞こえないように小声で話しかけていたつもりだが、どうやら眠りが浅くなっていたようだ。
パサリと本が落ちる音が聞こえた。
それと共に眼鏡も落ちてしまったらしい。
整った横顔、眼鏡をかけていないと実年齢よりは幼く見える。
するとゆっくりとローガンの瞼が開く。
眠たそうな目でこちらを見るローガンは、いつもは見せないような柔らかい笑みを浮かべている。
その瞬間、フランソワーズの動きが完全に止まってしまう。
「ああ、すまないね……お茶会の時間かな?」
「はい!」
「ふぁ……この場所が気持ち良くてつい、眠ってしまったよ」
あくびをした後、何かを探していたローガンは「あったあった」と、眼鏡を取りかけ直す。
マグリットはフランソワーズが気になり彼女に話しかけようとした時だった。
隣から感じる強烈な冷たさ。マグリットは勢いよく手を離した。
「つめたっ……!」
マグリットの声が漏れたことにより、ローガンの視線がフランソワーズへ。
「フランソワーズ嬢……? 魔力がかなり乱れているけれど、どうしたんだい?」
「……っ、あ」
ローガンはすぐにフランソワーズの魔力の変化に気がついたようだ。
魔力の乱れを感じ、眉を顰めながらこちらに近づいてくる。
フランソワーズの冷気で、そばにいるマグリットも凍えてしまいそうだ。
彼が確かめるようにフランソワーズの手に触れようとしたが、フランソワーズがパチンという音と共にローガンの手を振り払ってしまう。
──パチンッ
肌と肌がぶつかる音が聞こえた。
フランソワーズに拒絶されたことで驚くローガンだったが、表情はすぐにいつも通りに戻る。
「いたた……急に触れるのは失礼だったね。ごめんね、フランソワーズ嬢」
「…………っ!」
困ったように笑うローガンの言葉にフランソワーズは今にも泣きそうになっているではないか。
震える唇を開いて、閉じたりを繰り返す。
「ちがっ…………違うんです」
「君のことが心配だったんだけど、余計なお世話だったかな。もし気持ちが落ち着いたらまた呼んでくれ」
ヒラヒラと手を振りながらローガンはフランソワーズとマグリットの横を通り過ぎていく。
ローガンの背中が見えなくなった頃、フランソワーズの目からはポロポロと氷の粒が落ちていく。
まるで雹のようだと思った。
「フランソワーズ様、大丈夫ですか!?」
「わたくし……ごめんなさい。本当に……マグリット様にも不快な思いをさせてしまって」
寒さでガタガタと震えるマグリットの体を見て、フランソワーズはさらにショックを受けているようだ。
彼女は両手で顔を覆ってしまう。
「申し訳ございませんっ、マグリット様! 緊張してしまって…………やっぱりわたくしは……」
「フランソワーズ様、ローガンさんは気にしてないと思いますよ」
「……で、ですが」
「あとでローガンさんのところに行きましょう! これはチャンスですから」
なんとか励まそうとするが、先ほどローガンの手を叩いてしまったことを思い出したのだろう。
「わたくしは……こんなわたくしが大嫌い」
「……フランソワーズ様」
「マグリット様がこんなにもよくしてくださっているのに……」
折角のチャンスを不意にしてしまったことも、ローガンやマグリットを傷つけてしまった自分が許せないと語った。
「わたしのことは気にしなくて大丈夫ですから……! それに氷は大好きです」
「え……?」
マグリットは氷魔法と聞いて、かき氷を思い出していた。
(お祭りで欠かせないかき氷……! 冷たくて美味しいんだからっ)
マグリットはフランソワーズを抱きしめるようにして腕を回す。
ガクガクと寒さに震えながらも手は離さなかった。
「マグリット様、何をっ……!」
フランソワーズは焦っているのか、マグリットに離れるように手を伸ばす。
マグリットが氷のように冷たい肌に耐えていると、フランソワーズは魔力を必死にコントロールしてくれたのか次第に冷たさは消えていく。
彼女が落ち着いたのを確認してからゆっくりと体を離す。
冷気でほんのりと肌が赤らんでしまったが特に問題はないようだ。
真っ赤になったマグリットの頬や腕の肌を見て、紅茶を運んできたミアは驚いている。