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「イザックさん、お茶会で仲良くなったフランソワーズ様とガノングルフ辺境伯邸でお茶をしたいのですが……」
「ああ、もちろん構わない」
「ありがとうございます……!」
マグリットに親しい令嬢ができたことは嬉しいのだろうか。
イザックは柔らかい笑みを浮かべている。
「ねぇ、マグリット。フランソワーズ嬢って、もしかしてメル侯爵のご令嬢かな?」
「はっはい、そうです! そうなんですっ」
ローガンがフランソワーズのことを知っているとは思わずに驚いていた。
彼から名前が出てくるということは興味があるのかもしれない。
(もしかして昔からお知り合いだったとか……?)
そういえばフランソワーズがローガンを好きになったきっかけは聞いていない。
「ローガンさんはフランソワーズ様と知り合いなのですか?」
「僕が所長になってすぐくらいかな。彼女が魔法のコントロールがうまくできなくて研究所に通っていたんだよ」
「そうなんですか!?」
「フランソワーズ嬢は優秀だったよ。氷魔法は珍しい方ではあるからね! よく覚えてる。彼女は感情によって魔法が左右されやすかったから氷漬けにされたんだけど……なかなか砕けない良い氷だった」
「なるほど……」
どうやら氷魔法が印象的だったことでフランソワーズを覚えていたようだ。
ローガンは懐かしそうにフランソワーズのことを……というよりは氷魔法のことを語っている。
その時にフランソワーズはローガンに恋をしたのだろうか。
「たまーにパーティーで話しかけても彼女は冷たくてさ……まぁ、僕みたいなおじさんに興味はないんだろうけど「そんなことないと思いますっ!」
「えっと……」
「きっと嬉しいんじゃないでしょうか!」
「そ、そうだと嬉しいな」
「はいっ!」
食い気味にマグリットがそう言うと、ローガンは困惑しつつも頷いた。
「あ、そういえばメル侯爵領とガノングルフ辺境伯領に面しているシルナード伯爵領なんだけどね。伯爵はとっても面白い魔法を使うんだよ!」
「どんな魔法でしょうか」
「マグリットと近いんだけど……」
イザックは寡黙だが、ローガンはかなりお喋りだ。
彼一人いるおかげで、いつも静かなガノングルフ辺境伯邸が一気に賑やかになったような気がした。
皆で談笑していたが、そろそろ食事の時間となる。
一度、ミアと共にマグリットは自室へと戻る。
ローガンに餅料理や味噌料理を振る舞うことになっているからだ。
マグリットはエプロンをつけてから自分専用のキッチンへと向かう。
そうして賑やかで楽しい一日が過ぎていった。
──二日後。
今日はフランソワーズがガノングルフ辺境伯邸やってくる日だ。
ローガンは二日間の間、全力で休暇を楽しんでいた。
魚を釣りに出かけたり、昼寝をしてみたり、ニワトリ小屋で庭山さんをじっくりと観察してみたりと伸び伸びと過ごしている。
庭山さんはイザックにもそうだが、ローガンにもベッタリだった。
オリバーは突き回すので、もしかしたら庭山さんはイケメン好きなのかもしれない。
顔色も悪かったローガンだったが、しっかり食べて眠ったせいか、日に日に元気を取り戻している。
夜にはマグリットの作ったおつまみと果実酒を飲みながら、イザックと楽しんでいるようだ。
二人の邪魔にならないようにしつつ、マグリットもローガンとイザックが心地よく過ごせるように動いていた。
中でも食事を楽しみにしてくれていて、魚をふっくら焼いてから味噌で味つけたものに衝撃を受けるほどに感動していた。
これは絶対に王都では食べられないからだ。
新鮮な魚を運ぶのも大変だが、そもそも味噌はマグリットにしか作り出せないからだ。
今日の朝も一番に席について朝食を食べている。
朝食にはマグリットの希望でミアとオリバーも同席していた。
ローガンはお気に入りの味噌味の魚を食べながらあることを口にする。
「ミソがこんなに美味しいんだよ? マグリットが醤油は魚と相性バッチリだって言っていたからショウユも食べてみたかったなぁ……」
「……っ!」
「ショウユはどんな味なんだろう。そういえば理由を聞いていなかったね。どうしてショウユはなくなってしまったんだい?」
ローガンのその言葉にオリバーの肩が大きく跳ねた。
その後にガクガクと体を震わせてると思いきやオリバーは「ごめんなさい……!」と、謝りながら大号泣。
マグリットがオリバーのせいではないと励ましても、彼はやはりあの時のことを気にしているようだ。