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112 イザックside5

イザックは再び込み上げてくる黒い気持ちを必死に押し込んでいた。

このままではマグリットの負担になってしまうことはわかっている。

むしろもうなってしまっていた。


彼女を困らせたくないと思っているのに、自分のことを常に考えて欲しいと思ってしまうのはわがままなのだろう。

今までこうして人に執着したことがない。

だからこそ自分でもどうすればいいかわからない。

イザックはそんなオリバーとモチについて話しているマグリットの様子を眺めていた。



「まさかあのイザックが、こんな風に女の子に振り回されるなんて驚きだよ」


「……ローガン」



どこで話を聞いていたのか、海の方向に歩いて行ったはずのローガンの姿が目の前にはあった。

ニヤリと唇を歪めたローガンがあることを言う。



「嫉妬する男は嫌われるよ?」


「わかっている。だが……俺の気持ちばかりが大きくなっていく」


「だろうね」



グッと手のひらを握ったイザックはため息と共に力を抜いた。

ローガンは肩をすくめている。



「僕からは何も言えないからなぁ」


「……子どものようなことをするのはもうやめるさ」


「そのままでいいんじゃないかな? 彼女は年齢の割には大人びていて達観しているように見えるんだ。食へのこだわり以外は」


「…………。そうだな」



イザックは珍しくローガンの言葉に同意するように頷いた。

マグリットの育った環境が大きく影響しているのか、大人びているように見える。

マグリットは食材のことになると、信じられないほどの執着をみせるが、それ以外はおおらかで優しく聡明な少女だ。


だからこそ甘えてしまうのかもしれない。

自分だけが嫉妬していることにバカみたいだと思いつつ、どんどんと魅力的になって社交界で羽ばたいていく彼女が離れていくことが恐ろしいと感じてしまう。


(まったく、この年になって嫌になる……)


今もマグリットとオリバーの話している姿を見ていると胸がざわついてしまう。

横でローガンはわずかに肩を揺らした。

魔力のゆらぎを感じとったのだろう。



「怖いから僕もマグリットに触れないでおくよ」


「そうしてくれるとありがたい」


「なるべくね、なるべく!」


「……………」



イザックはローガンの頬を摘んで引き上げる。



「いひゃい……」


「お前はいい加減にしろ」



そう言って頬をつまんでいた手を離す。



「だってマグリットって可愛いんだもん! 王妃陛下だって国王陛下だって、マグリットを可愛がっているでしょう?」


「……あぁ、それは嬉しい」



彼らの間には特別な感情などありはしないとわかっているのに、自分の気持ちがコントロールできはしないのだ。



「……彼女はどんどんと美しくなる」


「確かに半年前とは違うね」



貴族社会でやっていけるようにと、メル侯爵が持ってきてくれる化粧品を使い、ミアがマグリットの髪や肌の手入れしてくれている。

以前は元気いっぱいだったマグリットだが、淑女らしくなってきたことで魅力も倍増だった。

しかしこうして話している間に、すぐに作業用のワンピースに着替えているマグリット。


その姿もすべてが可愛らしくて愛おしいのだ。

マグリットはイザックの視線に気づいて、茶色のカゴを持ち上げてアピールしている。

中にはマグリットが執着しているモチがたくさん入っていた。


マグリットは食べ物だと思えないものを、絶品に調理してしまう天才だった。

彼女の料理への執念が、こうしてさまざまな食材を魔法のように作り出してしまうのだろう。


マグリットはイザックがいなければ、大好きな料理『発酵食品』が作れないと言う。

けれどイザックはもうマグリットがいなければ生きていけない、そう思うほどに彼女を愛していた。


マグリットとイザックの気持ちはまだまだ重さが違うのかもしれない。

彼女より十以上も歳上であるが、大人の余裕を見せようとしても自分の気持ちに振り回されてしまう。


(……情けないな)


漏れ出てしまう黒い気持ちはマグリットの負担になってしまう。

そう頭ではわかっているが、なかなかうまくコントロールできそうになかった。

ローガンにはすべてを見透かされているのだろう。



「お前も心から愛する人がいればわかるさ」


「……そんな日がくるとは思えないな。あーあ、僕の理想の女性が今すぐに現れたらいいのに」


「案外、すぐに出会いがあるかもしれないぞ?」


「そうかなぁ……なら運命の出会いを期待しながら、今回の休暇を楽しませてもらおうかな」



ローガンはそう言って口角を上げていたずらに笑う。



「イザック、僕もオモチに興味あるから、食べてみてもいいかい?」


「ああ、地図を持ってオリバーたちの話を詳しく聞かねば」


「なになに!? なんだか楽しそうじゃん」


「ガノングルフ領に生活に困る者がいるのは許せない……」



オリバーの証言では顔や性別が見えなかったが、ボロボロの布を被っていたらしい。

オールをもっていたそうだが、万が一にもガノングルフ辺境伯に住んでいる者かもしれない。

領民には不自由なく、幸せに暮らしてほしい。

それはイザックがここを任せられた時から、ずっと目標に掲げていたことだった。

今はそれとマグリットを幸せにしたいという想いが加わった。

イザックもローガンを追いかけて歩き出した。



* * *


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