110
ガノングルフ辺境伯邸に到着したローガンはフラフラした足取りで馬車を降りる。
屋敷の柱に寄りかかってから腰を折った。
「うげぇ……久しぶりに馬車に乗った気がする」
「ローガンさん、大丈夫ですか?」
「マグリットと話していて大分紛れたけど、僕は乗り物全般が苦手なんだ。馬車に乗るのはもうごめんだよ。ここまでこんなに遠かったっけ……?」
ローガンはしばらく嗚咽していたが気分が落ち着いたのか、辺りを見回して思いきり深呼吸している。
乗り物酔いしやすいこともあり、ついつい研究所にこもってしまうのだそう。
カチャリと眼鏡をかけ直した彼は、思いきり体を伸ばして息を吸い込む。
「はぁ……いい空気だ。折角だから休暇を楽しまないとね」
屋敷に案内すると、ローガンは興奮気味に唇を開く。
「おお……! これが新しく建てられた屋敷なんだね。今にも崩れそうな前の屋敷も雰囲気があって好きだったけど、この家もなかなか素晴らしいね」
今は領民が建て直してくれたため、以前よりもずっと立派な屋敷になっている。
「「おかえりなさいませ」」
馬車の音を聞きつけたのか屋敷からミアとオリバーが出てきた。
ニワトリ小屋からは庭山さんが何かを高速でつついている音が聞こえた。
まるでマグリットたちを出迎えてくれているようだ。
「ミア、オリバー……!」
「早馬は届いたか?」
「はい。準備はできております」
そう言ったミアは深々と腰を折る。
オリバーとミアに餅のことを聞きたかったが、マグリットはグッと我慢する。
今は客人であるローガンが優先だからだ。
マグリットも体を伸ばしていると、後ろからイザックが近づいてくる。
何か用があるのかもと彼を見上げると、覆い被さるようにして抱きしめられてしまう。
「イ、イザックさん……どうしたんですか!?」
「最近、俺はおかしいんだ」
「……何か、ありましたか?」
マグリットは深刻そうに言うイザックに向き直る。
手は微かに震えているような気がして、何かあったのかもしれないとイザックの様子を伺っていると……。
イザックは真面目な表情で言い放つ。
「マグリットに近づく男を…………腐敗させて捻り潰したくなる」
「……!?」
マグリットはイザックの衝撃的な言葉に目を見開いた。
イザックの視線の先にはローガンやオリバーの姿があった。
「それは……よくないと思います!」
マグリットがそう言うと、イザックも同意するように頷いた。
「ああ、わかっている。俺は自分がこんなに心が狭いとは思わなかった。自分が一番驚いている」
「……イザックさん」
「俺は自分に自信がないのかもしれない。今まで家族以外に愛されたことがないからな……」
イザックはそう言って額を抑えた。大きな手のひらで、表情は見えない。
どこで話を聞いていたのかローガンが「僕だってイザックのこと愛しているんだけどっ! あ、魔法込みでねー!」と、叫んでいるがイザックは彼を無視したままだ。
(イザックさんは、嫉妬しているということよね……?)