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「もしかして僕はガノングルフ辺境伯領にいる間、ずっと惚気を聞かせられるのかな」
「ああ、そうだ。基本的にマグリットには近づくな。マグリットは俺の大切な女性だ。手を出したら海の藻屑にする」
「イ、イザックさんっ!」
イザックの発言にマグリットは頬を赤く染める。
名前を呼んで止めたとしても、彼は素知らぬ顔でマグリットへの気持ちを話している。
「あーあ、僕も愛する人が欲しいなぁ」
ローガンはため息を吐きながらこちらを見ている。
マグリットは彼の発言を聞いて、思わず問いかけた。
「ローガンさんって、女性に興味あるんですか?」
「マグリット……語弊がある言い方はやめてよ」
ローガンはシワシワになった白衣を脱ぎながら眉を寄せる。
どうやら大人しくガノングルフ辺境伯領に来てくれるようだ。
馬車に移動してイザックとマグリットの前、だらりと椅子に座ったローガンはたくさん眠ったおかげなのか、顔色はよくなっている。
「周りは結婚しろ結婚しろってうるさいからね。そもそも僕を受け入れられる女性はマグリットのような……」
ローガンがそう言いかけた途端、イザックから魔法が放たれる。
ローガンの顔の隣、両側には穴が空いていて風が吹き込んできていた。
ぐつぐつと煮えたぎるオリーブ色の液体は明らかに危険なものだとわかる。
それから固形化した腐敗魔法がローガンの首元に突きつけられているではないか。
マグリットが緊迫した雰囲気に慌てていたが、ローガンは目を輝かせて固形化した腐敗魔法を見つめている。
「イザック、君は魔法のコントロールが上がっていないかい!?」
「…………」
「明らかに精度が上がっている。固形化できるなんて素晴らしい! 今後に使えるかもしれない。それにしてもこんな使い方もできるなんてすごいなぁ! 研究所で調べさせて……」
そう言いかけた途端、ジュッと首元で焼け焦げたような音が鳴る。
「今……体験させてやろうか?」
「やだなぁ、冗談だよ、冗談! アハハッ」
ケラケラと笑い飛ばすローガンに、イザックは苛立ちつつも魔法を出していた手を止める。
イザックはマグリットと共に種麹を何度も何度も作っていたからか、繊細なコントロールを身につけたらしい。
以前は腐敗魔法を出さないようにと気を付けていたイザックだったが、こうして自分が新たな力を身につけるとは思わずに本人も驚いていた。
マグリットはイザックを宥めつつ、話を戻す。
「ローガンさんはどんな女性がタイプなんですか?」
マグリットの発言にイザックが大きく反応を返す。
ゾワリと鳥肌が立つようなイザックからの圧にさすがのマグリットも気づいてしまう。
フランソワーズのために聞いておこうと軽い気持ちだったのだが、イザックにとっては不安の種になってしまったのかもしれない。
しかしここでマグリットがフランソワーズの気持ちを勝手に明かすことはできない。
「た、単純な興味ですよ? ほら、魔法にしか興味がないと思ってたので。わたしはイザックさんのことが大好きですから……!」
「……!」
イザックはマグリットの言葉を聞いて、満更でもなさそうだ。
無表情だが機嫌が直ったようなことがわかる。
「逆にイザックさんはローガンさんのタイプを知っているんですか?」
イザックに二人の視線が集まる。
「…………知らない」
「あっ……そうですよね」
「まぁ……そうだよね」
マグリットとローガンの声が揃った。
ローガンがイザックの好みを知っているが、逆はないのだろうと、なんとなくわかってしまう。
「僕のタイプはねぇ……」
「俺はマグリットがいい。マグリットしかいない」
「……あ、ありがとうございます」
「…………」
イザックはローガンの声を遮るようにそう言った。