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* * *
マグリットは自室に戻り化粧を落としてドレスを脱いで、ピクピクと痙攣する表情筋をマッサージしていた。
大きなイベントが終わった後の開放感で、脱力していたマグリットだったが扉をノックする音で体を起こす。
侍女が扉を開けると、そこには軽装のイザックの姿があった。
「マグリット、大丈夫か?」
「イザックさん……!」
久しぶりに履いたヒールのせいで足が痛む。
フラフラとよろめきつつイザックの元へと向かう。
彼は足が痛むことがわかったのか、軽々とマグリットの体を抱え上げる。
「イ、イザックさん!?」
「随分とがんばったようだな。マグリットがフランソワーズと話している姿を見たと王妃陛下が喜んでいた」
「……!」
イザックもメル侯爵夫人から相談を受けていたのだろうか。
王妃もあれだけ人がいたのにもかかわらず、マグリットたちを見ていたと思うと驚きである。
「それと明日の作戦をマグリットに伝えておく」
「はい!」
「すべての準備は整った。ローガンをガノングルフ辺境伯領に連れて行く」
マグリットは大きく頷いた。
ローガンはイザックが『来い』と言って来るような状態ではないそうだ。
そうでなければ今頃、研究員たちの言葉を聞いて休んでいるだろう。
だがそれができなくなっており強制休暇を取らせるそうだ。
「ローガンの魔法に戦闘力はない。今は寝不足で判断力もないが油断はできない。ある程度、王都から距離が離れるまでは意識を失わせなければならない」
「はい……!」
「眠らせてから馬車で運ぶ」
「……おおっ!」
「ほぼ一日はぐっすりと眠るはずだ。起きたら後戻りができないという状態に持っていく」
なんだかいつもよりイザックが楽しそうに見えるのは気のせいだろうか。
マグリットはイザックの作戦を聞きつつ、明日にガノングルフ辺境伯領に帰れることを喜んだのだった。
次の日の朝、マグリットが馬車の中で待機していると白衣を着ているローガンが運ばれてくる。
そして背後の荷馬車へと運ばれていく。
布に巻かれて縄で縛られて固定されている様子を見ていると、大丈夫なのかとハラハラしてしまう。
(想像よりも荷物扱い……大丈夫かしら)
それから彼の顔から眼鏡をとったイザックは、豪華な箱に眼鏡をしまった。
マグリットの引き攣った表情を見てか、イザックは「大丈夫だ」と、自信満々に言っているではないか。
マグリットの心配をよそに馬車は走り出す。
(リダ公爵って……公爵で魔法研究所の所長なのよね?)
こうして布で巻かれている彼を見ていると、そうは見えない。
様子を見に来たベルファイン国王も「おお、ローガンのまたいつものやつか」と言って平然としている姿を見ると、もはや恒例行事なのだろうと思えてくる。
研究所の職員たちはイザックに何度も何度も頭を下げながら「所長をよろしくお願いします」と言っていた。
馬車は走り出して、次々と景色が変わっていく。
マグリットはイザックと馬車の中で二人きりで話すこの時間が何よりも好きだった。
だけど、今日はローガンが心配だ。
休憩や街に立ち寄った際に彼のことを問いかけるが、イザックによるとちゃんと監視用と説明用に人を乗せているそうだ。
心配しなくてもいいと言われて、頷くしかなかった。
いつもなら新しい食材を探そうと意気込むが、今日は集中できない。
(本当に大丈夫かしら……)
マグリットは魔力切れで王都に来た時、急に味噌と醤油から離れてしまい不安で仕方なかった。
もし目が覚めたらローガンも不安で絶望するのではないか。
マグリットはローガンの気持ちが自然と理解できた。
(ローガンさん、大丈夫かしら……)
王都の外れで、ミアとオリバーにお土産も買って再び馬車は走り出す。
一晩、宿で過ごしてから次の日の朝のことだった。
「──イザックッ、イザーーーック!」