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「一言で言うなら……謎ですわ」
「……謎?」
マグリットは思わず首を傾げた。
二人の令嬢は辺りを見回してから、マグリットに体を近づけて耳元で囁くように言う。
「フランソワーズ様は物静かというか、何を考えているかわからないというか……」
「ギルバート殿下の婚約者候補だったのに自分から拒否したんでしょう? 考えられないわ」
「淑女として完璧なんだけど、なんだか怖いの……何考えているかわからないし」
「こちらを黙って見ている時もあるから何かあるのかと冷や冷やするわ」
どうやら令嬢たちからは『よくわからない』というものが多かった。
ギルバート殿下の婚約者候補なのに自分で断ったということが、メル侯爵夫人が言っていたことと重なる。
その理由を誰にも明かすことがないから不思議に思われるのかもしれない。
(フランソワーズ様には何か理由があるのかしら……)
マグリットは令嬢たちにお礼を言ってその場を離れた。
噂で聞くのと実際に話すのとでは全然違ってみえることを知っている。
マグリットは一度、フランソワーズと話してみようと思い彼女がいた柱に向かおうとした時だった。
「……ごきげんよう、マグリット様」
「ご、ごきげんよう! フランソワーズ様」
なんとフランソワーズがマグリットのすぐ後ろに立っていたのだ。
それにはマグリットも肩を跳ねさせた。
アクアマリンのような瞳が、射抜くようにマグリットを見つめているではないか。
なんだかとても恐ろしい。
何を考えているのかわからないため、尚更怖いのかもしれない。
フランソワーズの圧にマグリットは押されていた。
先ほど人形のように美しかったフランソワーズだが、視線だけでもマグリットに何か訴えかけていることがわかる。
「マグリット様……少々、よろしいかしら?」
「は、はい!」
マグリットはフランソワーズに手を引かれるまま、柱の影へと向かう。
今から何を言われるのか緊張で心臓がドキドキと音を立てている。
しかしフランソワーズは何やら様子がおかしい。
額が妙に汗ばんでいるし、彼女の桃色の唇が開いたり閉じたりを繰り返している。
(何か……言いたいことがあるのかしら?)
マグリットはそう思い、フランソワーズの言葉を待っていた。
その間、令嬢たちと話したことを思い出してしまう。
『物静かというか、何を考えているかわからないというか……』
『こちらを黙って見ている時もあるから何かあるのかと冷や冷やするわ』
たしかにこう思ってしまう理由もよくわかる。
ミステリアスな彼女が何を考えているのかマグリットはサッパリだ。
わからないから普通ならば適当に挨拶をして去ってしまうだろう。
けれどマグリットはイザックに通ずるものを感じていた。
彼も噂とはまったく違った。
前例があるからこそ、しっかりと自分の目で見極めようと思っていた。
(フランソワーズ様がどんな人なのか、しっかりと自分の目で確かめないと……!)
マグリットはフランソワーズの言葉を待っていると、ポツリと呟く声が耳に届いた。
「昨日、魔法研究所で……そのっ」
昨日はフランソワーズと魔法研究所の前で会ったことを思い出す。
ローガンが出てきて結局、フランソワーズとは最後まで話すことができなかったのだ。
「もしかしてフランソワーズ様も用事があったのですか?」
「いえ…………えっと……」
モジモジとし始めたフランソワーズを見てマグリットは考えていた。
(もしかして……ただ人見知りで恥ずかしがり屋なだけ、とか?)
マグリットは辛抱強く彼女を見つめながら待っていた。
このまま後に引くことはできない。
次第にフランソワーズの顔は茹でたタコのように真っ赤になっていく。